第30話 勇者の本質

 そうじゃない。そうじゃないんだとファジルは思う。


 あれだけ強ければ、黒竜が地表に降り立つのを待つ必要などはなかったはずだった。他にやりようがいくらでもあったはずだった。


 黒竜が村に降り立ったことで、とれだけの被害が出ることになってしまったのか。


「……ガイ、仲間を集めて村の被害を」


「あ、ああ、そうだな」


 ファジルの低い声にガイは頷く。次いでファジルはカリンに顔を向けた。


「カリン、ガイたちに協力してあげてほしい。怪我した村人たちも多いはずだ」


「分かったのですー」


 ガイとカリンが駆け出していく。その後ろ姿を見送った後、ファジルはグランダルとマリナに茶色の瞳を向けた。


「なんでこんなやり方をした?」


 ファジルの言葉にマリナは意味が分からないといった感じで小首を傾げた。


 それを見てファジルの頭が一気に熱くなる。一歩を踏み出したファジルの腕を背後からエクセラが摑む。


「落ち着いて、ファジル」


 ファジルは一つだけ大きな息の塊を吐き出して口を開いた。


「あんたたちは勇者だろう。十分に強いんだろう。こんなやり方をしなくても、黒竜ぐらいは退治をできたんじゃないのか? 黒竜が村に降り立ったことで、どれだけの被害が出たと思っている。きっと死んだ人だっているんだぞ。そんな被害が出ることぐらいは、あんたたちだって分かっていたはずだ」


「……黒竜の牙が必要だったんだよ」


 ファジルとエクセラの背後から、黒竜を倒して戻って来たロイドが声をかけた。そして、言葉を続ける。


「それにしても、竜種はやはり厄介だね。竜種は何故か勇者を敵視しているから、何かと僕たちの前に姿を見せる。それはそれで今回のように都合がいい部分もあるのだけれどね」


 ファジルは勢いよく背後を振り返った。


「そんなことを訊いているんじゃない。黒竜の牙も竜種が勇者を敵視していることも関係がない。何でこんな真似をしたかと訊いている!」


「ちょっと何を言っているのか分からないな。だから、言ったただろう? 黒竜の牙を回収する必要があったんだ。そのためには黒竜を地上に降ろさなければいけなかった。空中で四散させてしまうと回収できるかも分からなくなるし、面倒だからね」


 ロイドはその顔に笑顔を浮かべる。


「……面倒だと?」


 唸るように呟いて、長剣の柄に伸ばしたファジルの手をエクセラが素早く上から掴む。そして、エクセラは感情がこもっていない低い声を発した。


「それで、黒竜の牙とやらは回収ができたのかしら?」


「ああ。おかげさまでね」


「そう。それはよかったわね。それにしてもこの村に黒竜が現れたのって、あなたたちが来たからじゃないのかしら。だって、竜種は勇者を敵視しているんでしょう?」


「それはどうだろうね。確かに竜種が人里近くに現れることは珍しいよね。でも、お陰でぼくたちは黒竜の牙を簡単に回収することができた」


「そう。よかったわね」


 ファジルの手に重ねられているエクセラの手が小刻みに震えている。エクセラは尚も言葉を続けた。


「目的は果たしたんでしょう? なら、さっさと行きなさいよ。私たちは村の皆を助けるので忙しいんだから」


 そこでマリナが一歩前に進み出た。


「そこの冴えない男もそうだけど、エクセラも口の利き方が分かっていないようね」


「あら、そんなことはないわよ、マリナ先輩」


 ファジルの手を上から握るエクセラの手に一層、強く力が込められたようだった。


 エクセラの深緑色の瞳とマリナの濃い灰色の瞳が宙でぶつかる。


「マリナ、喧嘩は駄目だよ。僕たちの敵は魔族なのだからね」


 ロイドの言葉にもマリナはエクセラから視線を外そうとはしなかった。それはエクセラも同様で、まるで燃えるかのような瞳をマリナに向けている。


「ほれ、マリナ。いい加減にしないか。ロイドも困っているぞ」


 場をとりなすかのようなグランダルの言葉に、マリナは派手な舌打ちをする。その様子に下品だとでも言いたげにグランダルが顔を顰める。


「勇者っておかしな存在だよね。皆を守らなくてはいけない。それを当然のように望まれる。でも、少しだけおかしくないかな? 勇者はそもそも魔族を退けるための存在なんだよ。皆を様々な脅威から守るための存在じゃない。そんなことは王国の騎士たちが行うべきものなのではないかな。勇者の本質とは何なのだろうね?」


 ロイドはそこで言葉を切ると、ファジルとエクセラの顔を順番に見る。ロイドの顔には少しも感情が浮かんでいなかった。その醸し出される雰囲気に押されて、ファジルはロイドに向けて何かを言うことができなかった。


「それでは、僕たちは行くとするよ。黒竜の牙を時間内に加工しないといけないからね。でも、君たちとはまた会いそうな気がするね。特に君とはね。では、また」


 最後にロイドはファジルに深緑色の瞳を向けると、それまでとは一転して爽やかに見える笑顔を浮かべて踵を返した。マリナとグランダルも無言でそれに続く。

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