第13話 現れない気がするぞ

「おい、マリナ、待てよ。一人で行くなって!」


 ロイドはマリナに慌てた様子で声をかけた後、ファジルたちに顔を向けて再び口を開いた。


「じゃあ、そういうことで。二十日もすれば、僕たちは戻ってくるからね。その時には必ず火蜥蜴を僕たちが退治しようじゃないか。約束するよ」


 ロイドは先ほど同じ爽やかな笑顔を浮かべると、マリナの後を追いかけて行く。ファジルは慌ててその背に向かって口を開いた。


「おい、ちょっと待ってくれ」


 だが、ファジルの声にロイドが足を止めることはなかった。そんなファジルの前に聖職者の服を着ているグランダルがくる。


「青年、我々はこれで失礼するよ。悪気はないのだ。ただ、我々にはやらねばならない使命があるからね。細事に関わっている時間はないのだよ」


「細事って何だ。あんた、その恰好は聖職者だろう。聖職者のくせに、ここの村の人たちを見捨てると言うのか?」


「見捨てるとは大袈裟だね。今、目の前に脅威があるわけではない。あるかもしれないといった話なのだろう? それに、例え目の前に脅威があったとしても、我々は退魔の盾の入手を優先する。それが最優先で行わなければならない我々の使命なのだからね」


 グランダルは淡々とそう言うとファジルの前を後にした。集まっていた村の人々は一連の遣り取りを唖然として見守っていた。勇者一行が去っていく姿を目の当たりにして、頭を振りながら溜息をついている人もいる。


 何だろう。この違和感は。そして、この怒りは。

 ファジルは心の中で呟く。


「ファジル、大丈夫ですかー? 爽やかな笑顔がうさんくさい奴なのですー。ファジルを虐めるのは、ぼくが許さないんですよー」


 カリンがファジルの片手を握って、心配そうな顔で見上げている。ファジルはそんなカリンに向けて、大丈夫だと言うように小さく頷いた。


「エクセラ、勇者というのは……」


 エクセラはファジルに最後まで言わせずに口を開いた。


「あの勇者の言う通りよ。勇者は魔族の脅威から人族を守るために存在するのだから。人族の一人ひとりを守るためじゃない。個より全を優先する。それはきっと間違ってはいないわ」


 エクセラが言っていることは分かる。だけれども、それでいいのかとも思う。目の前にある個の脅威は無視して全体を優先する。それが勇者というものなのだろうかと。


「……俺が憧れる勇者はこんな勇者じゃないんだ」


「ほえー?」


 カリンは意味がよく分からないのか、小首を傾げている。

 エクセラはというと、そんなファジルに対して大きな溜息を吐いてみせた。


「ファジルの思う勇者がどんな勇者かは知らないけどね。別に興味もないし……それで、ファジルはどうしたいのよ?」


「……俺は村の皆を助けたい」


「それって火蜥蜴を退治するってことよね?」


 ファジルは頷いた。もちろん、積極的に退治に行くつもりはなかった。勇者が再び帰ってくる時までに火蜥蜴が村に出現したならばの話だ。


「でも、どうやって退治するんですかー?」


 カリンが片手を挙げて、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら、更に言葉を続けた。


「エクセラの炎魔法は通用しないんですよー。ぼくも攻撃魔法は得意じゃないですしー」


「カリン、訊いても無駄よ。どうせ勢いだけで、何も考えていないんだから」


 無言のファジルを見てエクセラが溜息混じりに言う。


「ほえー?」


 カリンが小首を傾げている。


 何も考えていない……。

 人を頭が悪いみたいに言うなとファジルは思う。

 ……実際、何も考えていないのだが。


「まあ、村に現れると決まっている訳じゃない。もし現れたらその時に考えればいいんじゃないのか?」


「何、その行き当たりばったりの考えは」


 エクセラが呆れたような声を出す。


「大丈夫だ。俺は現れない気がするぞ……」


 ファジルが言うと何故かエクセラは派手に片頬を引き攣らせたのだった。

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