第8話 少し、あれなのかもしれない

 ファジルたちは村に入ったところで足を止めた。何となくそれ以上は先に進むことに躊躇いがあった。そうさせる雰囲気が村の中に漂っていたのだ。


「本当に静かな村なのですー。何ていう村なんですかねー? あ、お爺さんがいる。ぼく、訊いてきますねー」


 村にあったそのような雰囲気を気にしていないのか、それとも気づいていないのか。カリンは老人を見つけると、とてとて駆け出す。背中にあるはずの白い羽は器用に畳まれていて、今は服の中にあるようだった。


 老人は近づいてくる者に一瞬だけ驚くような素振りを見せたが、それが子供だと知ると顔をすぐに和らげる。


 二言、三言、そういった様子の老人と話してカリンが再び、とてとて戻ってくる。


「サガの村って言うみたいですよー。村の真ん中に宿屋があるって、あのお爺さんが言ってましたよー」


 カリンがファジルを見上げなから言う。ファジルは思わず片手を伸ばして、カリンの金色の頭を撫でる。


「そうか。ありがとうな。お手柄だぞ」


 ファジルに頭を撫でられて嬉しいのか、カリンは両頬を上気させて赤く染めている。

 それを横目で見ていたエクセラが口を開いた。


「あんたたち、何か気持ち悪いんだけど。大体、ファジルって昔から小さい子供が妙に好きよね……それも女の子だけ……」


 いや、気持ち悪くはないだろうとファジルは思う。自分は感謝の気持ちをカリンに伝えただけなのだから……。

 それに、小さい子供が妙に好きという言い方もどうなのだろうかと思う。このご時世、それは大いに誤解を生む表現なのではないだろうか。


 そんなファジルの思いが分かったのか、カリンが両頬を膨らませた。


「別にぼくもファジルも気持ち悪くなんてないんですよー。エクセラはいつも嫌なことばかり言うのです。ぼくのことも見捨てようとしたし、嫌いなのですー。エクセラのばかー。お化けおっぱいー」


 そう言ってカリンは、とてとてと駆け出した。先に宿屋に行くつもりなのだろうか。


 あ、こけた。


 見事に転んだカリンは上半身だけを起こして、背後のファジルとエクセラを見る。その瞳には涙が浮かんでいるようだった。


「おい、エクセラ」


 何か言ってやれよとばかりにファジルはエクセラに視線を向けたが、エクセラは無言だ。転んだことを心配する素振りも見せない。


 カリンは瞳に浮かんだ涙を片手で拭うと、勢いよく立ち上がって再び駆けていく。


 ばーか。ばーか。エクセラのうんこー。

 そんな言葉が再び聞こえてくる。ファジルは軽く溜息を吐いてエクセラに顔を向けた。


「あまり子供を虐めるなよ、エクセラ」


「はあ? だから、子供に見えるだけで、子供じゃないんだって。それに、あれはあざといだけなんだから!」


 エクセラは鼻息を荒げて反論しながらも、カリンを追うためなのだろう。歩く速度を上げたようだった。そんなエクセラを見てファジルは少しだけ頬を緩めた。


 子供の頃から口は悪いし、手が出るのも早い。それは未だに変わらない。魔道士のくせに魔法よりも早く手が出るのは、いかがなものかと思ったりもする。


 でも、やっぱり嫌な奴ではないのだ。カリンを追うエクセラの背中を見つめてファジルがそんなことを考えていると、急にエクセラが背後を振り返った。それに合わせてエクセラのたわわな胸が宙で大きく揺れる。


「ほら、ファジルも早く行くわよ」


 エクセラはそう言ってファジルを促すのだった。





 「おーい、こっちですよー」


 先程の涙は一体、何だったのか。宿屋と思しき建物の前で、カリンが両手を挙げてぴょんぴょんと笑顔で飛び跳ねている。


「ちょっと、先に行かない。危ないじゃない」


 エクセラの言葉にカリンが、ほえーといった感じで小首を傾げている。


 うん。この子は少し、あれなのかもしれないな。

 その姿を見てファジルはそんな感想を抱く。それとも天使とは、皆がカリンのような感じなのだろうか。

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