第15話 消え失せろ

 そうして、ご両親がやって来た。真広は「母が絶対にドアを開けようとします。結界があるので開きませんから余計にガチャガチャやる筈です。不愉快でごめんなさい」と言ってご両親への対応をするため寝室から出て行く。何の話だと思っていた私だが、五分後くらいに理由が判明した。あっちこっちからドアの開け閉めをする音、どたどた歩き回る足音、「あら~、いい間取りじゃないの!」という年配女性の声、「止めてよ母さん!」は真広の声。これらが複数回、繰り返されていた。どうやら母親が部屋という部屋を探検しているようだ。でも真広の寝室は開かない仕様になっているから、大きな音を何度も何度も立てた挙句、ガンガンとノック。最終的には「あら、ココは開かないわね」などと不満げにしている。


 その場は何とか収まったが、人間とは好奇心の生き物だ。真広が居ない間、いや居たとしても、母親は寝室内を見ようと、あの手この手を使ってくる。そこまでして息子の寝室が見たいものかと呆れていた私だが、ある日「ここに絶対、真広が結婚しない理由が詰まってるわよ! お父さんも『せーの』でドアを押してちょうだい!」「はいよ」という会話が聞こえてきて驚いた。母親の勘というやつは鋭い。私は帰宅した真広にそれを伝えたかったのだが、こういう事は毎回諦めるしか無かった。


 ご両親は、真広の秘密を探るまで意地でも帰らないつもりのようだ。これは寝室の前でご両親が「ここを開けて確かめないと安心できない」とか「この家に住んで居られるチャンスを活かすわよ」等々の発言をするから容易に判る。さすが探偵まで使っただけあり『息子を好きにさせておこう』などという発想には至らないらしい。


 それに対して私は「もう医者になり、開業までしている真広に対して干渉し過ぎかなぁ」とも思ったが――ご両親からすれば、中三の真広を信じて日本に送り出し、そこで随分と年上の恋人を作られてしまい、でも紹介がてら『一緒に食事を』と言ったら誤魔化され――この場合、最初にご両親の信頼を裏切ったのは真広である。ご両親は今度こそ真広の隠し事を許さないつもりなのだ。うるさく言われたくなかった真広の思いは重々解るが、私の呪いや死を黙っていた辺りが特にマズい。素直に伝えておけば別の道が開けていた可能性もある。


 『今度こそ』のご両親は、終の棲家が見つかったのに、まだまだ居座っていた。真広はそんなご両親に疲れてしまい、私から見ても「ストレスが溜まってんな~」という感じだ。それを晴らす石像自慰も、ベッドが軋むと気を遣うのか、床に掛け布団を何枚も敷いて行われた。その程度では膝が痛くて仕方ないらしいので可哀相だ。

 真広はどんどんヒートアップしてきた母親に自宅で毎日ぎゃあぎゃあ言われ、クリニックへも『説得』に来られてしまい、遂には何らかの薬を飲み始める。


 この近辺から、私の中では心境の変化が起こっていた。私は「自分が邪魔かなぁ」と思いつつも、真広とそれなりに幸せな日々を送っていたつもりだが、他人から見た私は『元恋人の石像』でしかない。真広から見ると『元』が抜けるだけで『恋人の石像』。いや、私は誰とも意志の疎通が図れないから、正確には『付喪神になったか成仏したかは知らないが、とにかく一方通行しか許されない恋人の石像』だ。これは人形遊びに近いため、真広も本気で私を隠す。私は真広の想いの一途さだけで、存在を許されている感じだろうか。

 そのせいで、ギャンギャンうるさい親子喧嘩が起こったり、弱っていく真広を見せられると、本格的に「私はクソ鬱陶しい石像だ」と思えてきた。

 それでも疲れた真広が私にくっ付いて弱音を吐いたり、性欲を発散させたりする姿で「やっぱり私が必要なの?」と少し思い直すのだが。


 しかし、休診日の真広が私を貪っていた時に事件が起こった。

 その日の真広は「休みを待ってました」という風に朝から私を抱き、昼頃には疲れて完全に熟睡。石像の私に乗ったままなので、目覚めた後にあっちこっちが痛むと思われる。

 そこにドアを開けて現れたのは真広の母親。初めて会ったが、あまり真広と似ていない。母親は石像に乗った真広の様子に「ヒッ」と小さな悲鳴を上げた。そこから大声で父親を呼び、真広がその声で目覚め――という感じで真広と石像である私の関係がバレる。真広は慌ててご両親を部屋から追い出すが、もう遅い。真広はどうするのかなと冷や冷やしていたところ、ささっと出掛ける支度を始めた。

「愛華さん、すみません。気が抜けて結界が緩んでいたようです。僕はこれから両親の所へ行って、親子という記憶を丸ごと抹消し、終の棲家とやらに放り出してきます。もうあの二人には懲り懲りだ……!」

 超能力でそんな事まで出来るのか。真広は恐ろしいキレ顔で、私を床に置いたまま寝室から出て行った。寝室の外にはご両親が待機していたらしく、当然のように言い争いが始まる。

「なぜ、あんな石像を作ったの! 写真を見たから知ってるわよ、あんたの恋人だった礼田さんよね!? それを石像にして身体の関係を結んでるなんでおかしい!」

「あれは愛華さんそのものだよ! 呪いで石像になっただけで……信じられないかもしれないけど事実だ!」

「真広……そうだとしても、礼田さんはもう亡くなってるんだ。諦めなさい」

「いや、モノに取り憑く霊として、あの身体に残ってるかもしれないんだ! あいにく喋ったりは出来ないけど……可能性がある限り、僕は絶対に諦めない!」

「じゃあ真広は死ぬまで石像に縋りつくの!? 母さんね、そろそろ真広も新しい幸せに向かう時期だと思うわ。きっと礼田さんだって、母さんと同じ考え――」

「……勝手に愛華さんの気持ちを語るな!!」

 真広が叫ぶと、ゴン、ガン、という異音が起こる。どんな手段を用いたのかは知らないが、上がるご両親の悲鳴から、とにかく暴力を振るったのは間違いない。

(くそ、私が動けたら、声を出せたら、絶対にこんな事はさせないのに。ここまで来ると、私はつくづく役に立たないという実感がすごい。私が原因で真広は親に暴力、しかも親子関係を断絶しちゃうんだよな……あー、私はマジで消えた方がいい……今すぐ消え失せろ……!)

 そう考えていたら、『がつん、ごろごろ』という聞いたことの無い音が寝室に響いた。ついでに視界も動いており、フローリングに置いたベッドやベッド脇の全景が見える。この音は寝室の外からも聞こえたらしく、真広が慌てて駆け込んできた。真広はベッドの脇で寝ている私や、少し離れた所にいる私と視線を合わせて大変焦っている。

「ごめんなさい愛華さん……聞いてたんですね、聞こえてるんですね……! 大好きです……愛してます! だから消えないでください……!」

 真広は七十二回目の告白と共に、肩と脚がぽろぽろと崩れて粉になり、湯気みたいな感じで消えていく石像へ両手をかざしていた。真広が超能力まで使っての保存を試行中と理解したのは数秒後。そんな真広と視線を合わせたり、この角度から悠長に眺めているという事は、あの『がつん、ごろごろ』は頭の部分が床へ落ちて転がった音に違いない。

 私はその視界から、真広やご両親の様子を見つめていた。真広は涙をぼたぼた流し、ご両親が言葉を失っている。私は真広の涙が勿体無いと思って、早く全てが消えろと念じた。すると私の耳にさらさらという音が聞こえてくる。

「あ、あ、あ……駄目だ、崩壊が止まらない、こ、粉まで無くなって……愛華さん……待ってください!」

 そこで真広の手のひらが私の視界を覆った。ちょうど視覚に必要な辺りの粉を掴んだらしい。同時に声が近くなったので、聴覚を司る部分も浚ってくれたようだ。

「愛華さん、愛華さん……愛してます! あ、いや……泣き落としじゃダメだ、この世に残る理由を作らないと……え、ええと……これ以上消えたら、後追いしますよ……! 僕は本気です……!」

 この七十三回目の告白、兼、脅しはめちゃくちゃに効いた。つまり「後追いなんかされて堪るか、この野郎!」という感じだ。さすが真広。長い付き合いだけあって、私の思考を読み切っている。

 真広は私の消滅が止まると一息ついて、ご両親に向かい怒鳴った。

「父さん、母さん、どう思う!? なんでいきなり消え始めたと思う!? 僕たちの話を聞いてたんだよ!! 自分が邪魔だと思ったんだよ!! 僕が後追いするって言ったから、最後の最後で残ってくれたんだ!! 僕は自分が情けない、愛華さんへの気遣いが足りなかった……!!」

 ご両親は真広の問いに直接答えず「ごめんなさいね……」と去って行った。

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