永い眠り

「そ、そんな……!?」


マティスは、青ざめたままの顔をして、倒れ込んでいるクレマンスの顔を苦し気で、悲痛な表情をして、見つめた。


「この男、恐らく、『リジョンドドゥマル』の唯一の残党かと……。この時を狙い、ずーっと姿を隠していたのでしょう。申し訳ありません。マティルドゥ様……。私がもっと早くこの男の存在に気が付いていれば……」


「……そんな……」


マティルドゥも、マティスも、そしてリュカも、それ以上、言葉は出てこなかった。


「……俺は……クレマンスが目を覚ましたら……一体、どのような言葉を書ければ良いのだ……。どんな態度をとったら良いのだ……。きっと……クレマンスは、心を病むに違いない。そんな残酷な事を……クレマンスに伝えよと言うのか……」


「……隠しても……いずれ、子が出来なければ……クレマンスはとても賢い魔法使いです。きっと、異変に気付き、この時の事を思い出し、マティルドゥ様やマティス様にも、問いただしてくるかと……」


リュカの言葉はもっともだった。クレマンスは、優秀な魔法使いだ。もしかして、子が出来ない、と悟る前に、自分の体の変異に気付く可能性も、多分にある。


「ならば……一体、どうすれば……」


マティスの瞳からは、涙が溢れて来た。責任感の強い、誠実な性格のクレマンスが、もう、王国の繁栄に、携われない……と、そう思ったら、クレマンスは、どれほどの傷を心に負うだろう。王国の血が受け継がれなくなるよりも、マティスは、愛おしいクレマンスが、傷つく事を、何より恐れた。


それは、マティルドゥも同じであった。この一ヶ月間、クレマンスは、懸命に王族のしきたりや伝統、礼儀作法を学んだのだ。それは、いかに大変な事か、王族に嫁いだものにしかわからない。


気品、気高さ、立ち居振る舞い、内側から溢れる、飾るだけではない、王族としての華やかさ、そして、持ち前の美貌と、それを倍増させるお化粧……。学んだものは、数知れない。それが、無駄になるのか……。いや、それはない。クレマンスが、それを、たとえそれを望んだとしても、マティスは、マティルドゥは、それを頑として認めないだろう。それほど、マティスも、マティルドゥも、クレマンスをとても信愛し、もう、当然のごとく、家族だと思っていた。


しかし、クレマンスは、どうだろう? 隠したところで、秘密にしたところで、クレマンスなら、見破るに違いない。そして、それを知ったが最後、クレマンスは、どんな末路を選ぶだろう。己から、命を絶つかもしれない。それは、マティスにとって、一番、恐ろしい事だった。


しばらくして、


「……んん……」


少し、苦し気にクレマンスが目を覚ました。


「……マ……マティス……、マティルドゥ様……一体、何が……」


一瞬の事で、少し、記憶が飛んでいるようにも見受けられる、クレマンス。


「「…………」」


「?」


二人は、何も答えない。答えることなど出来るはずもない。そこに、リュカが、クレマンスの元に歩み寄った。


「リュカ様……、一体、何が起きたのですか? 私は、何かされたのでしょうか?」


不安げに、リュカを見つめるクレマンス。


「クレマンス……、貴女はもう……子を宿すことが出来ない」


「え……?」


突然のリュカの言葉に、クレマンスは、どういうことだかわからなった。


「リュカ様……それは……どういう……」


「先ほどの男、『リジョンドドゥマル』の残党。この国の血を絶やす為、この国の山奥深くにでも身を潜め、じっと、この機会を狙っていたのだろう」


「『リジョンド…ドゥマル……』アントワーヌ様が、お命を懸けて、葬り去ったと言われる、あの…!?」


「そうだ。あの時、貴女にかけられた魔法は、『子孫消滅』の魔法だ」


「し……、子孫……消滅……?」


クレマンスの顔が、どんどん青ざめる。その顔が次第に引きつり、瞳からは、次々と涙が溢れてくる。自分には、もう、マティスの子は宿らない。たった一人の国王である、マティスの子を産めない。そんな王女、いても仕方ないじゃない……、とクレマンスは自分を責めた。


「申し訳ありません…!! マティス……、マティルドゥ様……。こうなっては……、わたくしがこの国の王の嫁に相応しいとはもう言えません! どうか、私を、この国から追放して下さい!!」


「そんな事が出来る訳なかろう!!」


マティスは、強く、強く、クレマンスを抱き締めた。


「俺は、クレマンスだから好きになったんだ! クレマンスだから愛おしいんだ! クレマンスだから妻になって欲しいと思ったんだ! それは、今までも、そして、これからも変わる事はない!」


「でも、マティス!! 私は……私は……貴方の子を、宿すことが出来ないのですよ!? そんな女が傍にいたとて……王女になったとしても、この国の王の血は継がれることはありません!! だから……だから……!」


クレマンスは、泣きながら自分をこの国から追い出すようにと懇願した。マティスの腕の中で、その腕を強引に振り解こうとするクレマンス。


その様子を見て、リュカは、最後の手段を使った。


「クレマンス、……少しの間、眠りなさい……」


「え……」


「『ヴィーヴェレ・ソーノ』」


「!! ……………」


パタ……と、クレマンスの腕が、力なく地面に落ちた。クレマンスは、眠りながら生きる事で、自分の中でこの国の為に何が出来るか、落ち着いて、脳内だけで考えられるように、と眠りの魔法をリュカはかけたのだった。


覚醒するまで、何年かかるかわからない。いつ、目覚めるのかもわからない。答えが見つかるのかもわからない……。


ただ、今は、マティスも、マティルドゥも、リュカも、クレマンスのに賭けるしかなかった。

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