Day3 文鳥

 文鳥の『文』は文章の文ではなく、色あいや模様を意味する『あや』からとられたものらしい。そちらの意味の場合『綾』と書かれることも多いが、つまり文鳥とは『文(綾)のように美しい鳥』という意味なのだとか。


 ——でもさ、両方の意味があるんじゃないかと思うんだよ。ほら、文彩ぶんさいって言葉があんだろ? これも模様とか色どりって意味と、文章の巧みないいまわしって意味があるんだよな。そう考えるとさ、やっぱ文鳥も単に色あいがキレイってだけじゃなくて、文学的な美しさがこめられてんじゃねえかなーと思ったりするわけ。


 役に立つのか立たないのかよくわからない雑学を語るのが好きな人だった。

 あのときはなんで文鳥の話になったのだったか。たぶん、たいした理由はない。見ていた動画に文鳥が出ていたとかそんなところだろう。

 今あたしが、たまたま買いものにきた文具店のノート売り場で、文鳥のイラストが目にはいっただけなのとおなじように。

 語るきっかけも、思いだすきっかけもそんなものだ。


 それにしても、人の記憶というのはおもしろい。

 文鳥は基本的に一度パートナーをきめたら一生添いとげるのだとか。その愛情深さゆえにものすごく嫉妬深くて、人をパートナーとした場合、手にしているスマホに激怒することもあるのだとか。

 特に求めているわけでもないのに文鳥の雑学が芋づる式に思いだされる。

 しかし、そんな一途な文鳥のことを語っていた彼はなかなかの遊び人で、あたしにとってはちょっとした黒歴史だったりする。

 キレイな言葉をつかうなら、いわゆる『ひと夏の恋』というやつだった。夏がおわればふたりの関係もおわる。そんな恋。

 嫌な思い出というわけではないけれど、若かったなあ、バカだったなあと、その夏の記憶にはもれなく苦笑がセットでついてくる感じだ。

 でも、後悔したことはない。


「ママー!」

「きまった?」

「うん!」


 娘がえらんだノートを見てまた苦笑がもれる。桜文鳥と白文鳥と、デフォルメされた小さな文鳥のイラストがいっぱいだ。

 文鳥、流行ってるのかしら。


「とりさん、かわいいの」

「そうね。文鳥っていうのよ」


 あの夏、あたしは若くてバカだったけれど、これまでもこれからも、きっと後悔することはないと思う。


「ぶんちょう?」

「そう。文鳥」


 もしもあの夏の恋がなかったら、この子が生まれてくることだってなかったのだから。


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