プロローグ-4

「でも、治ったわけじゃないもんね?

絶対、私が原因を突き止めて、体を正常な状態に戻してあげるからね」


百合の言葉に絵里は少し涙ぐみつつ言う。


「みんな、ありがとう」


全員がほんわかとした、温かい気持ちを共有した。

すぐに、俊が真面目な表情をして言う。


「よし、じゃあ、始めよう。みんな下がって」


俊が機械のディスプレイに表示された始動ボタンを押した。

絵里が外に出られるようになったらどこに連れて行ってあげようかな。

百合はそんなことを考え外を眺めた時だった。


それは本当に何の脈略もなく、まるで、ベランダから外を見ていたら突然目の前を鳥が横切ったことを見てしまうくらいに突然始まった。


『大進化プロトコル開始の信号を受信しました。進化を開始します』


百合の頭の中に、その言葉が直接響いた。

慌てて絵里や鈴音、俊や朝日の方を見ると、どうやら同じように言葉が聞こえているようだった。


直後、空が真っ赤に染まった。

心臓のように脈打つ赤が空を覆ったかと思うと、あちこちで人の苦悶の声が上がる。


すぐにその症状は百合たちにも起こった。

百合は理解した。

空が赤くなったのではない。

自分の目の中が真っ赤になっているのだと。


心臓が大きく跳ねあがり、足の指先、手の指先、腰、首、頭と、これまでの人生で感じたことの無い熱さを感じる。


そして、自分の体が絞られた雑巾のようにねじれたかと思うと、激痛が走った。


「うわあああああああああああああああああああああああああああああああ!」


百合は叫んだが、その声が自分の声なのか絵里の声なのか鈴音なのか、両親なのか、分からなかった。


一時間も続いたかと思われた激痛が収まり、真っ赤に染まった視界がもとに戻った時、百合は自分の体の中にこれまでなかったはずの何かが存在していることに気が付いた。


できるわけないと理性が判断することが、本能でできると分かる。


百合は手のひらを空っぽの花瓶の中に向けてつぶやいた。


「インストール。百合(lily)」


するとそこに百合の花が生まれた。

 

そう言うことだと百合は本能的に理解した。

自分は命を作ることができる。

なぜそんなことができるのか、一切わからなかったが、何かよくないことが起こっていることだけは分かった。


「絵里?」


絵里の方を振り返ると絵里はベッドの上で立ち上がって両手を眺めていた。


「どうしたの?」


鈴音も頭を抑えながら立ち上がる。

絵里は自分の手のひらを見つめた後、百合や鈴音の顔を見てぎゅっと目を閉じる。


「ダメ……、そ、そんな……み、みんなおかしくなっちゃった……。

いや、そうか、そう言うことか。

これは……すぐに行動しないとだめだ。

容赦しちゃいけない。

世界がこうなってしまった以上、私がやるしかない。」


百合と絵里の両親は、いまだ、百合や絵里、鈴音とは違い、二人とも頭を抱え床の上でのたうち回っていた。


絵里はその様子を冷ややかに見ると指をパチンと鳴らした。

その瞬間、両親はバラバラにはじけ飛んだ。

あたり一面に両親の肉片が飛び散った。


「え、絵里……?」


「私、こうするしかないんだ……。私の望む世界のために」


そう言って絵里はその場から文字通り消えてしまった。


「ちょ、ちょっと絵里! どういうことなの!

なんで! お父さんとお母さんを殺したの!

私に分かるように説明しなさいよ!」


百合は流れる涙を拭きもせずに、その場でじっとたたずんでいた。

全く意味不明な状況だが、一つだけわかりやすい事実があった。

目の前で飛び散った二人。

絵里は両親を殺した。

絵里のために全力で研究活動していた両親を殺したのだ。


「絵里。何があったか知らないけど。私はあなたを許さないよ」


「百合ちゃん、絵里ちゃんは何か理由があるのかもよぉ……?」


「どんな理由があっても私の出す結論は変わらない。

あれだけ、絵里のために粉骨砕身頑張っていたお父さんとお母さんを殺した。

それだけは何があっても許しちゃいけない」


「そっか……、百合ちゃんがそう決めたなら。あたしは何も言わないよぉ」


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あの大進化の日から百年。


あの日には誰も気が付かなかったが、大進化は人類だけに影響を及ぼしたわけではなかった。

世界中にいる大半の生き物がこれまでと違う進化を遂げた。


そして、進化などよりもっと重大な事があった。

大進化を乗り越えた生き物は軒並み不死となっていた。

ニワトリなどが不死になってくれれば、肉が取り放題となるが、人間にとって死ねないことというのはそう簡単な話ではない。


どれほど死を望んでも死ねない。


気持ち悪い権能を持ってしまったり、大事な人が先に行ってしまったりして、自死を図っても必ず長い時間をかけ復活する。

 

苗字に意味がなくなった世の中で、百合はユリと、鈴音はベルと名前を変えて活動していた。


「ベル! そっちに行ったよ!」

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