第16話 本題のクレーンゲームへ

 ゲーセンデートのスタートダッシュに失敗した俺だったが、昔と変わらない喜律さんを見てやる気が再びみなぎってきた。




 まだだ。

 まだアピールするチャンスはあるはず。次こそばっちり決めればいいんだ。諦めたらそこでデート終了ですよって某バスケ部の監督も言ってたし。


 ジュースを一気飲みして再度奮起したところで、喜律さんが思い出したように「あっ」と声を上げた。


「そういえばまだミッションを達成していませんでしたね」


 カップルの存続をかけたデートミッション。もちろん忘れてなどいない。


「クレーンゲームだよな」

「私が採れなかったぬいぐるみを成仁さんがとって、私にプレゼント。私は無邪気に喜びながら感謝を口にする。これぞカップルって感じです」

「恋愛の教科書があったら一ページ目に書いてそうなシナリオだな」


 というわけでエスカレーターに乗って二階に移動。


 二階はフロア全体がプライズマシンエリアとなっている。コインゲームコーナーと比べて明るい色調のそこは、フィギアにお菓子にぬいぐるみと豊富なラインナップを取り揃えた筐体が乱立するクレーンゲームの森。主に生息しているのはヒト科ヒト目ヒトのオスとメスのペアでございます。


 昔はこのフロアだけは避けていたんだよな。カッコつけるオスの声と甲高いメスの声で鼓膜が引き裂かれるし、人生の絶頂期を顕示するが如きお手手つなぎに網膜が焼かれるし、フランジ発達させてんのかってくらい緩み切ったオスの頬を見ると敗北の二文字を突き付けられた気がして自傷行為に走りたくなるし。


 ま、今日はそんなこと気にしなくていいけどね。むしろ喜律さんを連れている俺はカーストのトップに位置しているわけだし。ひれ伏せ愚民ども。


「なんだか悪い顔してませんか?」

「いいえ! これっぽっちもしてませぬ!」


 落ち着け! 今は自分のことだけを考えるんだ!

 優越感を押し殺して順繰り巡る。


「狙いはかわいいぬいぐるみです。理由はわかりませんが、多くの恋愛漫画ではゲームセンターの描写において女の子が頬を赤らめながらぬいぐるみをだきしめているのです。鉄板なのでしょうね。我々も先人が残した道を踏襲しなければなりません」


 恋愛は武道じゃないんだけど、と思いつつも口にせず。真面目な喜律さんと付き合うってことはこれくらい当たり前だもの。いちいちツッコむ方が無粋だ。


 さて、ミッション達成にちょうどいい筐体を探すのだけど、意外にもこれが難しかった。


 喜律さんがクレーンゲームのセンスが高すぎて、そこそこの難易度では簡単にゲットしてしまうのだ。手のひらサイズのぬいぐるみはもちろん、枕元に置くと丁度いいサイズのぬいぐるみまで、すべて一発ゲット。


 彼女が苦戦する景品を彼氏が頑張ってとる、という筋書き。そのプロローグを書き出せないでいた。


「すみません。また採っちゃいました」


 喜律さんは浮かない顔で屈み、取り出し口から景品を取り出す。馬のぬいぐるみも「簡単に落ちてごめん……」と、どこか悲し気な表情。


 これでぬいぐるみ十個目。店員さんからもらったビニール袋もパンパンに膨れ上がっている。


「おそらくこういうとき はわざと失敗したほうが可愛げがあるのでしょうが、どうも私にはそれができません。金銭を投入して技術を駆使して景品を手に入れる。その一連のプロセスを邪な理由で排斥する行為はゲームセンター運営者、筐体製作者の『楽しく遊んでほしい』という想いを無下にするに等しい行為だと思います。全力で楽しむことこそがプレイヤーに課せられた責務なのですから。とはいえ付き合ってくれている成仁さんには申し訳ない気分です」

「大丈夫だよ。喜律さんの性格は把握してるから」


 しかしどうしたものか。ビニール袋を揺らしながらなおも練り歩く。

 ふと、フロアの隅にある一台の筐体に目が留まった。

 べつに筐体のデザインが奇抜というわけじゃない。よくある白を基調とした大型の機体。

 ギミックも普通。左端にぶら下がる二本爪のアームを一番のボタンを押して右に移動、次に奥行きを決める二番のボタンを長押ししてアームの位置を決定するタイプ。手前一辺がぽっかり穴になっていて、奥の棚に無造作に積まれた小さなぬいぐるみを掴むなり押すなりして落とすというというもの。


 ただし一点、他の筐体とは決定的に違うところ。


 平たく積まれた手のひらベアーをカーペットにして鎮座する森の王・テディベア。そいつが異様な威圧感を放っていた。

 デザイン自体は普通だ。コーヒーブラウンの体毛、黒い瞳に丸い耳、手を横にして足を前に出す姿は模範的テディベアといえる。

 規格外なのはその大きさ。


 体長約一メートル。


 しかも座った体勢でこれ。もし立ち上がったらいよいよ小学生くらいなら丸呑みにしてしまいそうだ。

 おもちゃ屋でも目玉商品クラスのそいつが筐体に圧迫感を据えて少年少女を見下ろしている。目立たないわけがない。


「大きいですね……」


 喜律さんは自分の体の半分以上あるぬいぐるみを口を開けて見上げていた。


「これってアイキャッチ景品だよな。見た目のインパクトで客寄せ作戦」


 景品として筐体に入っているものの、その大きさを考えればちんけなアームで落とすことは極めて困難。あくまで図体のデカさで客の目を引くための存在にすぎない。


「メインは下に積まれた小熊ちゃんですね」


 景品と落とし穴の間にはパーティションがあるものの、平積みされた子熊ちゃんの上段は壁より高い位置にあるため、ちょっとお尻を持ち上げたらするっと落ちてきそう。ワンプレイ百円と値段もお手頃。

 子熊ちゃんが景品だよ。真ん中に座るボスはあくまで飾りだよ。運営のそんな声が聞こえてくる。


 でもそれはあくまで運営の意見。遊び方はプレイヤー次第。アームの射程圏内なら何を狙うのも自由だ。


 それに、いくらデカいとはいえ落とせる可能性はゼロじゃない。何十回何百回と挑戦して位置をちょっとずつずらしてバランスを崩すことができれば、手前の穴に転がり落ちてくるかもしれない。


「喜律さん。これにしよう」


 同じ高さにあるつぶらな瞳を睨みつける。


「む、無理ですよ! いくら何でも大きすぎますって」

「だからいいんじゃないか」


 これならいくら喜律さんとえいども一発クリアは不可能だ。


「しかし裏を返せば成仁さんにとっても困難な挑戦となってしまいます」

「覚悟の上だ」


 ここを乗り越えてこそ、ようやく喜律さんの隣に立つ資格が手に入るってもんよ!

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