第14話 サキュバス候補・朝久場リリカ(被害者)
週末。土曜日。
待ち合わせ場所である隣町の駅前にある複合アミューズメント施設にやってきたところ、お店の横にある看板の陰で揉めている二人の女子を発見した。
いつもの黒いパーカーを羽織り、デニムジーンズという出で立ちをしているのが土志田さん。背が高くスリムな体型はモデルのようだ。
対して彼女よりも頭一つ小さい位置で不満そうな顔を浮かべているのが喜律さん。爽やかな白いシャツにロングスカートという清潔感に溢れた服装は天真爛漫な彼女に似合っている。
私服姿の喜律さんを見られた時点で来た甲斐があった、と思いながら俺は二人に歩み寄る。
「あ、成仁さん。こんにちは」
「こんにちは喜律さん。あと土志田さんも」
「おまけみたいな扱いだね。構わないが」
「それより成仁さんからも言ってやってください。他人のプライベートをこそこそ隠れて覗くというのは悪いことだと」
先日、同学年の女子たちに聞き込み調査をしていた喜律さんはついに一人の尻軽ちゃんに辿り着いた。辿り着いてしまった。
曰く、校内外の男複数と毎週のようにデートを繰り返し、締めにホテルに入り、朝帰りが当たり前。それどころか休憩時間や放課後に空き教室を使って行為に及んでいたという目撃情報も。
男を食い物にする淫女。
その子がゲーセンでデートをするという情報を手に入れた。だからこうして休日の昼間に招集がかかったわけ。
もちろん喜律さんは納得していない。
「まだサキュバスと決まったわけじゃありません。無実の人のプライベートを覗き見るのは失礼な行為です」
「無実じゃない。同学年で唯一のビッチ。もはや自分からサキュバスを名乗っているようなものさ。九十パーセントサキュバスだ。ここに来たのは残り十パーセントを埋めるため」
自信気な土志田さんに対して喜律さんは歯がゆそうに唇をかむことしかできない。
サキュバスは私なのに。本当に無実なのに。
今にもそう言い出してしまいそうな雰囲気を醸し出している。
良くない。こうして別の誰かがヘイトを買ってくれるのはありがたいことなんだけど、そのせいで喜律さんが自滅してしまっては本末転倒。
尻軽ちゃんを囮にしつつ、喜律さんが罪悪感を抱かない道筋はないだろうか。ここ数日、俺はずっとそんなことを考えていた。未だに答えは出せていないけど。
「おや、来たみたいだよ」
土志田さんが入り口に目を向ける。俺と喜律さんも看板からひょこっと顔を出して確認する。
「あの人が
俺たちから十メートルほど離れたところで壁にもたれかかってスマホをいじる女子。
明るいブラウンのツインテール、アイシャドウが入った切れ長の目。胸を強調した白いシャツにフリフリのミニスカートと肌色面積は多め。踵の高いヒールを履き、手にはピンクのハンドバッグ。
件の尻軽ちゃん・朝久場リリカである。
「女子高生分類学でいうところのギャルって感じだな。めっちゃ美人だし。これなら数多の男を食い物にできたのもうなずける」
所感を述べたところ、エクソシストがニヤニヤしながら小突いてきた。
「とぼけちゃって。君の彼女なんだろ?」
「いや……」と反射的に否定しかけたが、誤解してくれた方が嬉しいので「どうだろうな」曖昧に返した。
「君視点だとこれから浮気現場を目撃することになるが、まあ気を落とさない方がいい。極上の餌を食べる前に前菜をつまみ食いしようとしているだけだからね。奴の本命はあくまで君だよ」
「ご忠告どーも」
終始勘違いしている土志田さんと話を合わせるのも大変だよ。ちなみに朝久場さんとの面識はこれっぽっちもありません。
「あ、誰か来ましたよ」
見ると、朝久場さんに近づき、にやけ面を隠そうともせず声をかける一人の男子。中肉中背、あっさり顔、チェック柄のシャツ。どんな色男が来るのかと思ったが、拍子抜けするほどの地味男だった。
意外だ。肉食系女子のお相手ってイケメン陽キャ限定だと思ってた。偏見?
「おや、彼は……」
土志田さんが含みのある声を出した。
「どうした?」
「フフフ。これは素晴らしい。このワンシーンを見られただけでも来てよかった。矢走君にいいことを教えてやろう。やはり朝久場くんは間違いなくサキュバスだ」
「いきなりそう言われても納得できません。理由を述べてください」
「ならば教えてやろう」
優位な立場から語るときほど土志田さんは饒舌になる。
「彼は二のCの松下君だ。見た目通りの毒にも皿にもならない男。顔もトークも存在も何もかもが面白味のない男。異性と無縁の男。顔だけでわかる生涯童貞くん」
「言い過ぎぃ!」
「通常、ビッチが男を乗り換え続けるのは求め続けるのは刺激を欲しているからだ。その点、無添加無香料の松下君はあまりにヘルシー。肉食の彼女がまず皿に乗せないような男だよ。にもかかわらず、こうして休日デートをするほどの関係性。不思議だと思わないか」
釣り合わないカップル。いったい朝久場さんは松下君のなにに惚れたのか。
ん? ナニに?
「気づいたかい? 似たような境遇の男がすぐそこにいることに」
「……まさか」
「そのまさかだ。松下君には一つだけ抜きんでた部分がある。それがナニか、番条君ならわかるね?」
言いたいことが分かったぞ。言いたくないけど。特に喜律さんの前では言いたくないこと。
「アソコのサイズさ」
「言っちゃった」
「彼は第一回桜ノ宮チン長ランキングにおいて銀メダルを獲得した人物だ。ちなみに一位は大差をつけて番条君だがね。金メダルを贈呈してもいいけど、すでに二つぶら下がっているしいらないよね」
「やめよう。ほら、喜律さんがまだ汚れを知らない幼女のような瞳で下世話な会話を聞いている。汚したくない」
暗喩を理解できていなさそうなのがせめてもの救い。
「目の前のカップルを普通のカップルと見ているから不釣り合いなだけさ。注釈をつければ筋が通る。美人ギャルの朝久場君(※デカチン大好きサキュバス)と薄塩味の松下君(※アソコだけはバーベキューソース)。これならお似合いのカップルに見えるだろ?」
鼻がぶつかりそうになるほどの距離まで顔を近づけてきて力説する土志田さんを押し返せるほどの言葉は見つからなかった。
目の前のカップルが生み出すビジュアル格差は朝久場さんをサキュバスだと仮定すればすべてが合致する。土志田さんが確信を得るのも理解できる。
……でも。
(サキュバスは喜律さんなんだよなあ……)
この事実がすべてを覆す。
朝久場さんはただ色物好きなだけ。松下君の下のサイズなんて知る由もない。それがたまたまデカかったことが、幸か不幸か、朝久場さんをさもサキュバスであるように見せてしまっただけ。ただの偶然なんだ。
もちろんこの説明を土志田さんにするわけにはいかない。
「すでに確証は得られたが、せっかくだし引き続き尾行して徹底的にサキュバスである証拠を洗い出そう。さあ行くよ」
腕を絡ませて建物の中に入る朝久場さんと松下君。
サキュバスバスターズはそのあとを追った。
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