第11話 ポンコツ悪魔祓いは目の前の淫魔に気付かない

 サキュバスの喜律さんと今後のお付き合いについて話し終えたところ、この場にもっとも現れてほしくなかった人物、エクソシストの土志田さんが現れた。




「……土志田さん、いつからそこに?」


 冷静な声を出すことができた自分をほめたいと思う。もし最初から聞かれていたら一巻の終わりだというのに。


「ぬぬぬ盗み聞きは感心しませんねえ! よくないですねえ!」


 喜律さんがフライング気味に糾弾する。しかしその声は震えていた。目もぐるぐるしてた。膝もガクガクしていた。焦りを全身で体現してるよこの子。


 対して土志田さんの回答。


「盗み聞き? そんなことはしていないよ。ついさっき来たばかりだ」

「本当に?」

「本当に」

「本当の本当に?」

「しつこいな。なぜ嘘をつく必要がある」


 苛立つ口調に裏はなさそう。

 俺と喜律さんは同時に安どの息を漏らした。隠密デート決定からの即落ち二コマだけは免れた。


 とはいえ、まだまだ危険水域を脱したわけじゃない。

 密会しているところを目撃されてしまったわけだ。俺の彼女がサキュバス最有力候補というのが今朝の話。状況的に喜律さんが本命に浮上するのは自明の理。


 先手を打って釈明しないと。


「あ、そうだ。疑われるかもしれないから先に言っておくけど、俺たちは土志田さんが想像するような関係じゃないからな。先生に頼まれたんだ。ふたりで学級委員長になってくれって。だからその話し合いをしていたんだ。ね? 喜律さん」


 隣に向かってウインクをしながら、ね? わかるよね? 頷くだけでいいからね?


「いやそんな話は聞いていませんが」真顔で言った。


 喜律さーーん! 素直すぎるよ! さっきまであんなに青ざめてたくせに!

 これはさすがに詰みか……?


「なるほど。それは大変だね。ご苦労さん」


「あ、そんな簡単に信じてくれるんだ」

「安心するといい。昼休みの屋上で男女が二人きりといういかにもなカップルシチュエーションだったとしても、君たちがそのような関係じゃないことはわかっている」


 何を根拠にそんなことを言っているのかはわからないけど、どうやら疑われていないらしい。助かったー。


「それと番条君。今朝の件だが、君から彼女さんの名前を訊き出すのはやめておくことにするよ」

「え?」

「あの反応を見て君が彼女さんを守りたいという気持ちがよく分かった。決意を固めた男の口を割るのは非効率。だから淫魔は別のルートから探ることに決めた」

「それは嬉しい話だけど」

「それよりも……」


 と、喜律さんに視線を移して、


「わたしがここに来た理由は、矢走君、君に話があるからなんだ」

「私ですか?」


 意外なご指名を受けて目を丸くする喜律さん。俺も驚いた。

 なぜ喜律さんなんだ? 接点はないはずだよな。どういう風の吹き回しだ?


 疑問を抱いたまま土志田さんの言葉に耳を傾ける。


 すると、なんということだ! 開口一番「私はエクソシストだ」と衝撃の告白。さらにサキュバスを探しているということ、俺がサキュバスの餌だということなど、今朝俺に話してくれたことをすべて喜律さんにも打ち明けた。


 わずか数分前に同じ話を俺から聞かされていたサキュバスさんは顔を引きつらせながら「ぽよ」と桃色球型バキューム星人の鳴き声のような相槌を打っていた。


 そして話の終わりに、怪しい笑みとともにこう言った。


「というわけで君もサキュバス探しに協力してほしい」

「わたしが!?」


 ギャグマンガみたいに飛び上がって驚く喜律さん。もちろん俺も驚いている。


「なぜ彼女に協力要請を出したのかわからない、という顔だねえ番条君」

「だってサキュバスは俺たちと同学年の女子に紛れ込んでいるんだろ? 喜律さんだってその候補の一人じゃないか」

「うむ、その通り。敵か味方かもわからん人物を味方に引き入れるなんて通常なら愚の骨頂。それくらい私も承知している。でもね、矢走君は例外なんだよ」

「例外?」


 すると土志田さんはフフッと笑って、


「だって矢走君はどこからどう見てもサキュバスじゃないもの」


 鳩が豆鉄砲を食ったようにぽかんとする俺と喜律さん。

 土志田さんは構わず続ける。


「考えてごらんよ。サキュバスは性を食い物にする悪魔だ。当然男を誘惑する特徴を有しているはず。質量感のある巨乳、滑らかなくびれ、豊満な尻、張りのある太もも。あらゆる性的魅力を兼ね備えているのだよ。その点矢走君は……」


 喜律さんの頭のてっぺんから足先までじろじろと眺めたあと、


「……お世辞にも魅力的なスタイルとは言えないよね」


 憐れむようにぼそっと言った。


「背が低い、胸が小さい、下半身も貧弱。おまけにスカートをひざ下まで伸ばして露出を避けている。色気ゼロのロリ娘」

「そ、そうですか……」


 散々な言われようにさすがの喜律さんも口もとを引きつらせていらっしゃる。殴ってもいいぞ。


「おまけに性格も雲心月性ときた。見た目も中身もサキュバスとは正反対の彼女がサキュバスなわけがないのだよ」


 なるほど。だから密会を目撃していながら俺たちが付き合っていないと勘違いしたのか。土志田さんの理論だと『俺の彼女=サキュバス』。だから『サキュバスじゃない喜律さん=俺の彼女じゃない』ってことになるからな。


 目の前のサキュバスに気付かないポンコツエクソシストはさらに舌を振るう。


「で、矢走さんがサキュバスじゃないとすれば、これはぜひ仲間に引き入れたいと思ったんだ。というのも友人ゼロ人の私だけでは女子との繋がりが皆無なんだ。それはよくない」

「寂しい発言があった気がするけどそれはともかく、なんでそれが必要なのさ」

「サキュバスは主食と呼ばれる生気ごと搾り取るような激しい性交以外にも、間食程度の軽い性交も行う。というか頻度でみると、主食は数年に一度程度、対して軽食は週一必要なんだ。つまりサキュバス候補は毎週のように男と寝るような手癖の悪いビッチに絞られる。夜な夜な男と遊んでいる同級生がいたとして、出る杭を打つ精神を持つ女子高生たちが果たして黙っているだろうか?」

「噂になるだろうな。主に悪口を添えて」


 女子の集団心理は地獄の釜のようにドロドロしてるからね。抜け駆けする仲間に対する妬みは凄まじいとか。


「女子集団の会話に混じることができればビッチ情報が手に入る。サキュバスに近づくことができるんだ。なんとしても噂話を調査したい。そこで確実にサキュバスではない人物、かつ顔が広い矢走君に聞き取り調査をお願いしたいというわけさ。ふふ。さすが天才エクソシスト。いいアイデアだ!」


 クックック、と戦隊ヒーローの敵役のように顎に手を置いて笑う土志田さん。


 俺はその姿を見てほくそ笑んだ。


 良い傾向だ。派手に勘違いしてくれるほど喜律さんが潔白になっていく。これなら隠密デートもうまくいくかも。


「さあ矢走君! 淫魔の手からこの学園を守ろうじゃないか! 正義感の強い君ならもちろん受けてくれるよね?」

「ぽよ?」

「頑張りますって言ってます!」


 サキュバスなのにエクソシストの仲間入り。こんがらがった紐のような状況に理解が追いついていないのだろう。


「あと番条君も監視下に置きたいので一緒に行動してもらう。いいね?」

「ああ。わかったよ」


 こうして結成されたサキュバスバスターズ。その内訳はエクソシスト、サキュバス、サキュバスの餌でお送りしまーす。


 ……いびつだ。

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