赤い唇

 慣れない唇のベタつきに何度舐め取ろうかと思ったことか。しかし、出掛けに母に注意されたことを思い出しキュッと口を結ぶ。

 本日、知らない内に幼馴染みから彼女に昇格していた私は、知らない内に彼氏となっていた幼馴染みの紘也と初デートに赴くのである。

 デートであるからにはおしゃれをするのが鉄板であり、ハイスペックスーパー男子高生である紘也に並び立つため、人生の先輩たる母に助力を乞うた。

 その結果――、私は普段あまり着ない明るくレースのついた服を身にまとい、人生初となる化粧を施されたわけなのだが。

 正門近くの花壇で待っている私であるが、パークに向かう人の視線が気になって仕方がない。やっぱりおかしいだろうか。いや、おかしいだろ。

 鏡を出して顔を写す。真っ先に目に飛び込んでくるのは、どうしても真っ赤な口紅で塗りたくられた唇だ。私は髪も目も黒いし、インドア派だから肌も白いほうだ。それなのに唇だけ真っ赤かとは悪目立ちもいいところではないか。プロデューサーの母は「若いんだから」と嬉々として勧め、言いくるめて塗ったくってくれたが、恥ずかしさのため息しか出ない。

 通り過ぎる女子軍団がチラリと見てきてクスクスと笑う。気のせいでも自意識過剰でもない。確実に私を対象とした笑いだ。「口真っ赤」って言ってた。

 もう一度鏡を見る。不自然に真っ赤な唇。唇以外は昨今流行りのナチュラルメイク。顔面で浮いている真っ赤な唇。

「明太子みたい」

 聞き覚えのあった声の視線をそちらに向けると、三間坂珠璃が私を見て笑っていた。私に気づいているのかいないのか、多分前者であろう。彼女は紘也と並びたっても見劣りしないハイスペスーパー女子高生なのだ。いや、今の発言を受けて私の中で性格は要注意のマークがついたけど。

 三間坂珠璃もパークに来てるのか。偶然か、はたまた紘也が今日行くって言ったのか。それとも調べたのか。調べたのなら要警戒に格上げだ。

 三間坂珠璃が口元に描く、醜く愛らしいピンクの三日月を見送って体を縮こませる。

 明太子かあ。少しショックだ。見えなくもないけど、明太子かあ……。

「悪い! 部活連絡が長引ぃちまった!」

 明太子にひとり鬱々と落ち込んでいる時、ようやく紘也が人波をかき分けてやって来た。相変わらず絵に描いたような好青年である。振り返る女性たちの多いこと。優越感どころか恐怖を覚える明太子こと私。

 紘也は珍しく息を切らし、汗をかいていた。私の隣に腰を落ち着かせ、息を整えようと努めている。

「飲んでいいよ」

 待っている時間が長くて自販機で買ったオレンジジュースのペットボトルを差し出す。

「悪い。ありがと」

 紘也は半分くらい入っていたそれを一気にあおった。むせないのだろうか。

「はあ、生き返った。ごめんな、待たせた上にジュース飲み干して」

「いいよ。どうせ中には持っていけないし。逆に助かった」

 私の心配をよそに紘也はジュースにむせることはなかった。

「じゃあ中で奢ってやるよ。なに食べたい? あ、動画でやってたパンケーキとかいいよな」

 ペットボトルのキャップを締めて紘也は立ち上がる。

 彼の笑顔を見て、

「明太子……」

私は思わず呟いた。

「明太子? 食いたいのか? パスタとか?」

 真剣に悩む彼。私は手鏡を取り出し、彼に渡した。

「唇。わたしの口紅が付いたみたい」

 彼の唇に赤い色が付着している。ペットボトルの口についたものが紘也にも伝染したようだ。

 やはり塗りすぎだったのだ。それでなくても口紅は色移りしやすいのに。

「えっと、ごめん。ティッシュ出すから。あと、」

 パークに入る前に口紅を少しでも落とそう。

 そう思った矢先に紘也が満面に笑って、

「お揃いだな」

そう嬉しそうに言うものだから、私は二の句を継げられなくなった。

 紘也はペットボトルをごみカゴに落とすと、私に手を差し伸べる。

「行こうぜ!」

 やや呆然として私はその手を取った。

「そういえば、今日はいつもと雰囲気が違うな。なんか大人っぽい」

「お母さんが張り切った結果」

「なんでおばさんが張り切ってんのっ。まさかついてきてないよな」

 紘矢はぷぷぷと笑いながら周囲を見回す。

「三間坂さんならいたよ」

「三間坂ぁ? 当たった奴が見つかったのかねえ……、あ、あれいいな!」

 彼が控えめに指し示すのはパークのキャラを模したサングラス。

「お揃いで買おうぜ」

「お揃いがブームなのですか?」

「マイブームだ」

 無邪気を通り越して単純のような気がしてた。

 でも、微かに赤い唇が描く爽やかな笑みに、私も自然と笑ってしまっていた。



―――――

お題:「スーパー」「口紅」「描く」

お題配布元:三題噺ガチャ

※NOVEL DAYSにて掲載していました。

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