今日死ぬ私のためにキスをして

@morgenrot1202

第1話──十七歳の八月二十三日。それが私の命日

 17歳。今日、8月23日は私の命日だ。


 これは、生まれた時から既に決まっていることだ。



「人生最後」が色々な事の枕詞になる。人生最後の思い出は、「親友のトワと夏祭り」になった。






 トワの地元の夏祭りは、日本でも結構規模が大きな夏祭りだ。私の街の祭りは神社の境内の中だけで、実にこじんまりとしている。それと比べると比較にならないくらい大きくて、鬱陶しかった。

 蒸し暑いし、浴衣は動きづらいし、人混みは酔いそうになるし。折角可愛くしてきたのに台無しになってしまいそうだ。


 駅前のコンビニで待ち合わせをしていた。トワはいつも待ち合わせに五分遅刻してくる。私は五分前には着いている。待ち時間で「人生最後」の小説が読み終わった。好きな作家の最新作で、期待通り主人公たちは幸せに死んでいった。満足感と共に本を閉じて、巾着の中にしまった。


 そろそろ待ち合わせ五分後だ。





「お待たせー、待った?」

 トワは下駄をカラカラと鳴らしながら小走りで駆け寄ってきた。

「ちょっと待った」

「ごめんごめん。何か奢るから」


 トワは圧倒的に可愛かった。元々、私の中で可愛い=トワで結びついていたけど、「可愛い」はトワだけの為にある言葉だって確信した。

 白を基調としたデザインの浴衣に黒色の帯を巻き付けていた。髪を結えて花柄のかんざしをしている。引き締まっていて羨ましいくらいのスタイルと、細くて綺麗な足は日本人体型に合わせた浴衣とは相性が悪いかと思われるけど、全然そんなことなかった。


「トワの浴衣、世界一可愛い」

「世界一は言い過ぎ。セツナだってめっちゃ可愛い。着付けは自分で?」

「うん」

「じゃ、もし着崩れたら直してね」


 私もトワの隣で歩くために人生一のオシャレをしてきた。トワから可愛いと言われて、審査に合格したような安堵感を覚えた。


「最初どこ行く?」

「うーん、セツナ決めていいよ」

「じゃあ、ラムネ飲みたい」

「おっ、いいねー私も飲みたい」

 「早く行こっ!」とトワに手を引かれる。祭りに変わってしまった街は賑やかだけどあまりに密度が高くて、トワの手を感じていなければ押しつぶされてしまうと思った。


 人が多いと、それだけトワを見る人が増える。客観的に見ても、高校で一番顔立ちが良くてスタイルもいい。一緒にいると、トワが声をかけられているのを何度も見る。

 今日だけで十回は声を掛けられていた。男児だけじゃなくて女子からも声を掛けられているから本物だ。その度に私がボディガードのごとく丁重にお断り申し上げて撤退した。食い下がるナンパもいたけど、人混みに紛れながら回避した。


 トワの隣は、今日は私だけの特等席だ。私がどれだけトワの隣にいるために頑張ったと思っている。絶対に譲るものか。


 全く無駄な時間を切り抜けた後、お腹が空いた私たちは屋台巡りをした。四車線の大通りの脇にどこまでも屋台が並んでいる。提灯が屋台の上に連なっていた。大通りの終点は神社の境内に繋がっていて、脇道に逸れて少し行くと花火大会会場の河川敷に出る。

 既に午後六時半。花火が始まるのが七時から。きっと今頃、会場はレジャーシートで埋め尽くされているのだろう。


 最後の晩餐は屋台のじゃがバターと綿飴。デザートにかき氷。四百円と二百円と二百円。合計で八百円の晩餐だ。

 何を食べても後悔は残る。これを食べたから満足、もう死んでもいいなんて思えるものは多分ない。

 そもそも、そこまで食にこだわりが無い。その日、食べられるものを食べようと思っていた。


「セツナも食べる?」


 目の前に齧りかけのりんご飴が迫った。赤く宝石みたいなそれから露出した黄色いところ、齧りかけの部分を上書きするように齧り付いた。

 ちょっと意識した間接キス。それが精一杯。

 隣のトワに対して発露できる感情の上限。


「美味しい」と呟くと、

「案外屋台飯もバカにならないよねー。特にこのりんご飴は格別美味しい」と返ってきた。

 甘酸っぱさが舌に残った。


 トワは屈託のない笑顔でくるくると飴を回している。提灯と街灯が橙色に光っているせいか、それとも暑さのせいか。りんごよりトワの頬がずっと赤くて、食べたいと思ってしまうほど赤くて、喉を鳴らしてしまった。


「顔何かついてる?」

「ううん」


 あまり見つめすぎではいけないと思いつつも、これで見納めかと思うとついつい横目に眺めてしまう。死んでも忘れないように、脳裏にしっかりと焼き付けた。

 余所見をしているから、ちょっとの石の段差に躓いてしまった。両手にかき氷を持っていたから受け身も取れない。バランスを崩して地面に近くなって行く中で、グッと、身体の傾きが止まった。

「だいっ……じょうぶ?」

 後ろからトワが抱え込んでくれてくれたのだ。一瞬の密着で私の心拍数は爆上がりした。腹に回された腕の感触をなぞるように手で触れた。

「ありがとう」

「まったく気をつけてよねー。セツナは軽いからいいけど」

 トワはスキンシップが多いから普段からボディタッチやハグを受けることがある。その度に寿命が縮むような思いがする。トワの体温は私より低くて、触れると背中に氷が入った時のような冷たく滑って、心臓が跳ね上がる。これは慣れようとして慣れるものではない。

 ふと、私は妙案を思いついた。邪で、下心しかない欲望まみれの提案だ。


「あのさ、人も多いし、はぐれないためにも、あと転ばないように。あとナンパ除け。そう、ナンパ除けするために。……手、繋いでいかない?」


 トワはぽかんとして、口を押さえてくつくつと笑い出した。トアは笑う時に変に口を押さえるから、笑い声がちょっと変。そこが私の好きなところだった、


「くっくくくく。めっちゃ言い訳してるみたい」

「別に、トワが嫌ならいいけど」

「繋ぎます繋ぎます!」


 トワは私の手を取った。手の中で小さな指の電流が絶え間なく脳を刺激する。細くて長くて、柔らかくて冷たくてくらくらする。これはきっと暑さのせいだと言い訳をした。


「ちゃんとエスコートしてね、王子様」

「もちろん」


 このまま死んでもいい。今日死ぬのだから、最後まで繋いでいたい。

 私たちは祭りの会場から離れていき、何処に向かうまでもなくフラフラと移動して、雑談をした。


 口が開くたびに、「好き」が溢れそうだった。言えないのが苦しくて、身体の中で破裂しそうなくらいだ。

 でも、私は今日トワに「嫌い」と言う。


 今日、私の寿命が尽きるから。


 そして、トワの寿命が残り117年あるからだ。

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