聖女、気づく
緑窓六角祭
[1] 発見
朝起きたら体が動かなかった。
瞼は動く。問題なく開閉できる。
目はどうか。左右上下斜めいずれも支障なし。
頭は――動かせるけど、若干首が痛い。ひとまず無理はしないでおこう。
さて首から下だ。仰向けでベッドに横たわっている。残念ながらほとんど動かせない、まるでその場に縫いつけられてるみたいに。
私は王国にただ1人の聖女だ。
濃い青い瞳で目元はやさしく柔和な印象を与える。透き通る金色の髪は腰のあたりまで長く伸ばしている。理由はそっちの方が聖女っぽいから。イメージ大事。
昔は聖女が複数存在したらしいがいろいろトラブルがあってやめた。なんでも聖女同士で主導権争いしてたとかなんとか。
ここ300年は同時期に2人以上の聖女が存在したことはない。
それにしてもなんで体が動かないのか。指先ぐらいなら動かせるが腕とか足はぴくりとも動かない。物理的に拘束されているわけではない。魔術による攻撃を受けている痕跡も見当たらない。
というかどちらの攻撃に対しても私の組んだ防衛魔術が働くはずで、それを力づくで破れる使い手は存在しないこともないが、私に気づかれずに突破することは不可能と言いきって構わないと思う。
筋肉が硬直して一切の命令を聞いてくれてない、あるいは脳が出してる命令を神経が伝えてくれてない、そんな感じ。
ひとまず精神は働いているので探査の術式を自分にかけてみた。外傷及び疾患は見当たらない。
もう一度、今度はじっくり丁寧に探査を行う。やっぱり何もない。肉体的には私は何の不備もないはずだ。
いったいどういうことなんだろうか。寝る前に何かあったのか。
昨日は確か日が昇る前に起きて朝食取りながら現在発生している問題について報告を聞いて、それから都及びその周辺地域を視察がてら重病の患者がいれば手当をして、昼は貴族連中と会食しつつ彼らの顔をつないでやって、午後は午後で学園に足を運んで聖魔術に関する講義を行い、そのついでに研究室の方にも顔を出したら今後の方針について議論になって、夕食の間もその話はつづいて、やっと教会に帰ってきたら今度は聖女印の必要な書類がたまっていて、それから静かになってきたところで前々からやろうと思っていた教会内部の構造把握を展開して、このあたりですでに日付は変わっていたのだけれど、南部結界の綻びも確認できてたのでそれの修正計画も立てて、それから檜原周辺の収穫量減少についての報告書にも目を通して――途中で4時過ぎてるのに気づいて次の日も早いからと倒れ込むようにしてベッドに入った。
原因に思い当たる。なんのことはない。非常に簡単なことだった。
私は疲れている。働きすぎだ。
昨日みたいな生活をここ1年ずっとつづけてきた。倒れそうになったら自分で自分に回復魔法かけながら。だましだましやってきたがさすがにそれでも限界を超えてたらしい。
結果、自分の体が動かせないという事態に陥る。
なんというか頑張りすぎた。私は責任感が強い方だと自分でも思う。憧れの聖女になれて張り切っていた。聖女になるためにめっちゃ努力したもんなあ。その気持ちはわかるけども。
私はアホか。
原因はわかった。だったら次はそれを踏まえてどうするか、だ。
疲労なら回復魔法で抜けるはずだ。ただそれは間に合わせであってまたすぐに動けなくなってしまうだろう。
時間をかけてでもここは自然にゆっくりと疲労を抜いた方がいい。その間にたまっていく業務を思うとぞっとするがそれは考えないようにしよう。
というか気づいちゃったけど今の教会の状態って結構な問題なのでは?
私1人に仕事が集中しすぎている。もし仮に私がこのまま動けなくなったら全体の機能が一気に停止してしまうほどに。
ケガの功名というやつだ。私が機能不全になることで教会がかかえる問題点を1つ発見できた。過労で動けなくなるのも案外悪いことではないのかもしれない。
いやそんなことはないか。どうも頭の方も疲労のせいか、うまく回ってない感じがある。
思えばこうやってのんびり考える時間が久しぶりのような気がする。聖女になってからは計画即実行みたいな日々だった。
窓から差し込む光から考えてまだ朝も早い。私が動けないことに気づいて誰か来るとしてもそれなりに時間の余裕はあるはずだ。
ガラスとカーテンを通して柔らかい光が流れる。遠くで鳥がさえずるのが聞こえる。小鳥だろうか、まだ鳴き方が下手くそでところどころつまっている。
多分彼らはずっとそこにいたのだろう。私が気づかなかっただけだ。
目標は大きくわけて2つ。
1つは疲れで動けなくなることがまた起きないように私の仕事を減らすこと、もう1つは私がいなくなっても問題なく教会が機能するようにシステムを組み上げることだ。
どちらも時間がかかりそうだし私1人ではどうにもできそうにない。いや無理すればなんとかやれなくもないが、それでまた今の状態に陥るのは本末転倒だ。
人を頼ろう。
『私が倒れた場合に最も有力と考えられる聖女候補』とそれから『王国側の教会に関する責任者』。どっちを呼び出してももう片方も勝手についてくるだろう。
ひとまず方針は決まった。今できることは――緊張をほどいてそのままぐっすり眠ることにした。
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