第20話 起きろ!!コバやん、出番やぞ!!

(20)




 先程振った人差し指で甲賀が指差す。勿論、真帆には指差さずとも良くマッチ棒それが誰なのか分かっている。

 床に投げ出すようにして横たわっているマッチ棒。

 真帆が大股でのしりのしりと近寄り顔を覗くと頭に本を数冊おいて枕代わりにして昼寝をしている人物。その昼寝顔に向かって真帆は声を張って言った。


「起きろ!!コバやん、出番やぞ!!」

 

 最後の――出番やぞ!!は自然と真帆の中から出てきた言葉だが、どうしたものか不思議なくらいそう言いたくなる気分が湧いてきてしまった。

 まるでこれから大きな劇でも始まるのだという気持ちが湧いてきたのだ。それは直前までに自分が絡んだ変事がどこか影響していたのかもしれない。


 真帆の呼び声に縮れ毛のアフロが揺れて、パッと目が大きく見開いた。それから体の半身を急いで起こす。起こすとヘッドフォンが耳元から落ちた。

 その起居動作はまるでどこかの遺跡で長年眠っていた土着神が何かの拍子で急に起こされた感じだ。そして世界の事変を確かめるように見開いた目が何かを探ると、やがて自分を起こした人物を凝視した。

 凝視した目が残像を捉えたのか、再び目をパチリとすると軽く――おぅ、と言って手を上げた。

「…何だ、九名鎮やん」

 言われて真帆が寝覚めのコバやんに言う。

「何で此処で寝てんねん?」

 彼は頭をじょりじょりと掻いた。

「いや、だってさ、此処の床、ひんやりして気持ちいやん。だからさ、それを感じようと横になってさ、そしたらやっぱり気持ちよくて、それでカナブーンのロックンロールスター、リピートさせていたらその内寝てたんよ。ほな、まぁ起きよか」

 言うやマッチ棒の身体を左右に振ってから、落としたヘッドフォンを拾って立ち上がる。

「いや、ほんま…たぁじぃが起こしに来たのかと思ったのに違ったから驚いた」

 立ち上がるとその身長は余裕で二人を越え、バスケ選手の様な大きさで二人を見下ろす感じになった。

「でかっ!!」

 思わず甲賀が呟いた。その声にマッチ棒が(ん?)と言う表情になる。

 その表情を見て、真帆が言う。

「コバやん。こちらは甲賀君。…ほら国際ビジネス科の…」

 そう言うと一瞬、瞬きをして彼は何かを考えていたのか、唯、次の瞬間には口をあっと開けて、何か感心する表情になり、それから強く頷いた。

 つまり甲賀の噂と言うのもこのマッチ棒も十分知っているという事なのだ。

 だから、

「あの…甲賀君?」

 と、マッチ棒から声が漏れて真帆が「そう」と答えると、特に彼についての自己紹介は不要だと真帆は感じた。

 後ろに居る甲賀も何となくそれで真帆の意味を推し量ることが出来た。

「…で、?九名鎮」

 コバやんが言う。

「何でここにるん」

 そこで真帆は手を叩いた。

「それよ!!コバやん」

 言うと同時に天鵞絨のファイルを目の前に出した。

「それは?」

 コバやんが言うと真帆が言う。

独唱ソロ譜よ」

独唱ソロ譜?…何の?」

 コバやんが答える。真帆が急くように前のめり気に言う。

「あのね、コバやん」

「あっ!!その前に」

 マッチ棒は手を出して真帆をどけると甲賀の前に出て、静かに頭を下げた。

「僕、演劇科三年の小林古聞と言います。甲賀君ですよね。これからもよろしく仲良くしてつかぁさい」


「……!!」

 甲賀は思わぬ挨拶を受けて、心の中で――この小林君は、外観とは違い何て誠実な奴なんだ、と黒縁眼鏡の奥で目線を柔らかくして思った。


 それと同時に、

 最後の――つかぁさいと言うのは日本語だろうかとも思った。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る