第8話 待てよ、君…

(8) 


 

 吹き去った風後に現れた人物。その様相はまるであやかしのようだ。


 狐の白面に赤い更紗。

 学校の制服を着てポツリと立ちながら手に風で揺れる風車を持っている。それを持ちながら、狐の白面は真帆をじっと見ている。


 だが、真帆はその姿を見てもあまり驚かない。いや、驚かないということではない。こうした状況に耐性があると言った方が良いかもしれない。


 それはどういうことか。


 学校には広く芸能関係に関する学科がある。

 その一つが演劇科だ。

 その演劇科には様々な小道具があり、劇に使用されている。それらの小道具は無数にあり、勿論、目の前に見える狐の百面もある。

 そして演劇科の学生がそれらを使って練習をしている風景というのは学校では日常的だ。

 だからこうして渡り廊下で不意にそうした状況に出会ってもそれ程驚かない。つまり耐性があると言ったのはこうした事情からである。


 唯、しかし、この対峙する狐の白面は少し自分を見つめすぎじゃないかとは思ったのは事実だが…。


 真帆は狐の白面に軽く手を挙げて過ぎようとした。もしかしたら演劇科の知り合いの誰かもしれない、――ああ、そう言えばあの「マッチ棒君」も演劇科だったな、なんて思いながら。 



「待てよ、君…」


 狐は真帆に向かって言った。

 真帆は聞いたことが無い声音に思わずビクリと震えた。

 それはとても低く、本物のあやかしの様な声だったからだ。





 

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