Sランクパーティーを追放された賢者は、王都で念願だったバーを開く

チドリ正明

奴隷少女シエル編

第1話 ようこそ、【ハイドアウト】へ

「———いらっしゃいませ」


 間接照明のみが照らす薄暗くシックな雰囲気が特徴的な店内に、俺は静かだがよく通る声を響かせて、大切なお客様を暖かく迎え入れる。


「……」


「お好きな席へどうぞ」


 誰もいない店内をキョロキョロと見渡している女性に、適当な席へ案内する。


「……悲しい気持ちを忘れたいの。おまかせで頼めるかしら?」


 女性は俺の目の前———カウンター席の真ん中に座ると、儚げな表情で言葉を紡いだ。


 カウンターに乗せる左手の薬指には、長きに渡って指輪をつけていたであろう締め付けの痕があった。 

 乱雑に引かれた口紅に少し滲んでしまっている目元のメイク。

 涙を流したばかりなのか瞼が僅かに腫れている。


「かしこまりました。少々お待ちください」


 たった一瞬で察した俺は、すぐさまカクテル作りに取り掛かる。


「ここはいつできたお店?」


「つい一月ほど前に開店致しました」


 俺は酒や果実水を適当な比率で混ぜ合わせながらも、丁寧に受け答えをしていく。

 向こうが心を開いてくれるまでは、こちらから無か無神経に余計なことは聞いたりしない。


「ふーん。良い雰囲気ね。なんて呼べばいいのかしら?」


「嬉しいことに、皆様は私のことを愛着〜込めて”マスター”と呼んでくださいます」


 俺は幼少の頃からバーのマスターに憧れていたので、マスターと呼んでもらうと心が躍る。


「そう……」


「———こちら、ブルージェイズです」


 俺はテーブルに滑らせるようにして、女性の前に真っ青なカクテルが注がれたグラスを置いた。

 小さな泡を立てる微炭酸は青く透き通っており、見ているだけで心が落ち着く。


「ありがとう。ちなみに、これにはどういう意味があるの?」


「『悲しみを乗り越えるよりも、悲しみと同居した方が楽』とでも言ったところでしょうか」


 自身に降りかかる悲しみを無理に乗り越えるのが辛いのなら、そういうものだと割り切ってしまえ、ということだ。

 本来は飲み物一つ一つに意味などはないのだが、俺が独断と偏見で意味を持たせている。

 色や味わい、香りを参考にして、丁寧に考え抜いたものだ。


「……今の私にピッタリね———それに、とても上品で美味しい」


 女性はグラスに口をつけると、満足そうに小さく笑った。


「ありがとうございます」


 そんな女性の笑顔を見て俺も嬉しくなり、ついつい微笑み軽く頭を下げる。


「そういえば、このバーはなんという名前なの? 失礼だけど、裏路地で分かりにくいし、看板もなかったわよね」


 よほど口にあったのか、女性はカクテルを大事そうに飲みながらも、おもむろに聞いてきた。


「ここは【ハイドアウト】です。是非、喧騒から逃れてゆっくりしていってください」


 俺が王都の路地裏に構えるバーの名前は【ハイドアウト】。

 一月前にSランクパーティーを追放されたことで始めた憧れのバーだった。

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