Ⅰ巻 第傪章 『Peacefull Life』 6P

フルールは先ほどまでとは違い、あっさり返事を返すとランディを置いてツカツカと歩いて




『Pissenlit』に帰っていく。




「それだけは死んでも嫌」




誰しも死んだ時は世話になるというのに可笑しなことだ。




「何でさ」と不満げな顔でランディは歩くフルールへ理由を問うた。




「何でも、それに行く人も少ないし」




後ろ手に組んで立ち止り、顔を向けたフルールは子供のように答えにならない答えを返すだけ。




「確かに教会へ来てるのは俺と何人かのお年寄りだけだし、エグリースさんのお説教で時間は少し長いけど」などと自信がないランディは言葉を濁す。




「少し? 凄まじく長いの間違いよ。しかもエグリースさんのお話、殆どの人は聞かないで寝てるでしょ」




「そうだけど、面白いお話が聞けるよ」




「ちゃんと聞いているのは変わり者のランディだけ」




「ぐぬぬぬぬ……変わり者とは失礼な!」




地団駄を踏み、ランディは必死に抗議したのだがフルールはまたもや歩きだす。




「本当のことじゃない。あれの何処が面白いのよ?」




「例えば、えっと確かこの前は『五千人に食べ物を与える』のお話だった。凄いね、パン五個と魚二匹で




五千人を満腹にするんだもん。神様の力は偉大だ」




ランディが急いで追い着き、更に説得を試みるも。




「ランディ、あなたの将来が心配だわ。もう少しゲンジツを見るべきよ」




全く相手にされない。




「はあ、フルール。今となってはもう聖書の話なんて正しいかどうかなんて分からないんだよ。半分だけ信じれば良いのさ」




「それでも誇張し過ぎでやっぱりあたし、無理だわ。昔の人って大袈裟に書くから道徳的に良いお話でも『こっちを馬鹿にしているの?』って思うもん」




「物語に大袈裟は付き物だよ。それにお説教の本質はエグリースさんの実体験に基づいた助言やお話が聞けることだよ。実際、聖書はお話を始めるきっかけで良いんだ」




「どっちにしろ、開始三秒で寝る自信があたしにはあるの。しかもあんな時間に寝ると夜が絶対に眠れなくなるからパース!」




フルールは先に『Pissenlit』に入ると扉の前に立っていたランディに言いたいだけ言い、鼻先で扉を閉めた。




「もう。小さな子供じゃあるまいし、そんなこと言っているといつか罰が当たるよ」




ランディが改めて扉を開け、中に入りながら言った。ゆっくりと閉まる扉と比例するように二人の賑やかな会話がだんだんとフェードアウトしていく。




そう。




これがランディの今、当たり前に過ごしている日常だ。




                    *




思えば、この二週間ランディは騒がしかったがとても心が休まる日々を送っていた。




話を先へ進める前に他愛もない日常を紹介していこう。まず、初めに取りかからなければならないことがランディの部屋。実はこれがこの二週間で一番大変な出来事だった。今までは客室でも良かったがこれからはそう言う訳にはいかない。何故ならレザンの家は知り合いや他にも昔馴染みが訪れることがあって誰かを泊めることがあるのだ。そうなると折角、部屋が三部屋あっても泊められない。だからランディの引っ越しが決まったのだ。




場所は今、物置部屋として使われている部屋。話はとんとん拍子に進み、即決したが実行するには一つ難題があった。初めに言っておくとランディ自身の荷物は少ないで、何時でも何処でも移動は可能だ。寧ろ、少な過ぎで心許ない。しかしそれより大きな問題というのが物置部屋に置いてある物だった。




「何だか、凄いことになってますね」




ブランの家に行った日の翌朝、これがランディはレザンに案内された部屋を見て放った一言だ。物置部屋には様々な物があり、昼間にも関わらずカーテンが閉まっている為、真っ暗。




「そうだな。私も使わないか、使うかわからない微妙な物をどんどん詰め込んだからこうなってしまった」




レザンが扉近く、使われていない丈の低い本棚に指を押し付けて埃を確認しながら溜息を吐く。どうやら一見、完璧に見えるレザンでも片付けがあまり得意ではないらしい。




ランディは意外な一面を知り、内心驚いた。




「意外です」




「私とて完璧超人ではない」




「てっきり、そうかと」




「……無駄話もこれくらいにして始めるぞ」




「はい!」




簡単に頭を起す為の掛け合いを済ませるとランディは暗さで寒く感じる室内へ足を踏み出す。




「へほっ、けほっ」




一歩足を進める毎に舞う埃で咳き込みながら椅子や机を乗り越えてやっとこさ、窓まで行くとカーテンを開ける。擦れた音を響かせてカーテンが開かれると同時に日光で宙に浮く細かな埃が良く見えた。改めて見てみると部屋には布がかかっており、何か分からない物や分厚い埃を被っている家具。積み重ねられた木箱など物の量は多くもないが決して少ない量でもなかった。潔癖症の人間には絶対に耐えられない光景だ。




「不潔だ。いや、間違った。不思議だ……」とランディは心の中で呆ける。しかしこうして見る何故か、かなり前からこの部屋の時が止まっているように感じられた。しかし予定通り片づけられれば、此処がランディの部屋だ。今日からこの部屋の時間はまた進み始める。




「ランディ、私も出来る限りでこの部屋の掃除を手伝うつもりだが店のこともあるからあまり期待はしないでくれ」




レザンがランディへ謝った。




「大丈夫です、レザンさん。ただでさえ住まわせて貰えると言うのにこれ以上、我儘なんて絶対に言えませんよ」




にこにこ笑い、気にしないで下さいの表情をするランディ。




「全く……今から絶対に必要な物だけを私が選別する。そして必要な物以外は家具屋や、私の店で売ってしまう。だからランディ、お前は掃除用具を用意して来なさい」




そう言うと早速、レザンは作業を始めた。




「分かりました! 場所は薪が置いてある居間の小さな倉庫ですね」




作業をするレザンの背中にランディは階段へ足を落としながら確認を取る。




「そうだ」




ランディは返事を聞くと元気よく階段を降りた。実を言えば、とても浮かれていたのだ。誰だって新生活という言葉の響きには弱いものだし、期待は嫌でも膨らむ。居間につくと箒とモップを小脇に抱え、水の入ったバケツと雑巾を手に持つともう一度、二階へ戻った。だが用意は出来てもまずは物を運び出さないことには何も出来ない。レザンはまだ必選別をしていた。




「ランディ、必要な物には『○』、不必要な物には『×』と張り紙をしておいた。幾つか壊れている物もあるから気をつけてなさい。後、この印は大きな家具にしか張っていない。細かな物はもう全部売るつもりだ」




家具に張ってある紙を指で示し、レザンはランディに説明をした。




「分かりました。必要な物はこのままこの部屋に置いておきますか?」




「そうして貰えるとありがたい。全部、綺麗にしておいてくれないか?」




「はい、それじゃあレザンさん。後は俺のやる事ですので気にせず、お仕事頑張って下さい」




これからは自分の出番だとレザンを部屋から出すとランディはシャツとズボンの裾まくる。




「済まない。実を言えば私は片付けが得意ではない、アベィユは得意だったのだが……」




「うん……ええっと、レザンさん。その方はどなたですか?」




「ランディには言っていなかったな―――― アベィユというのは私の妻でもう五年前に先立たれたんだ」




話をしている間に懐かしい記憶が蘇ってきただろう。レザンの表情はとても優しかった。




「そうでしたか。今更ですけど、挨拶の為にお墓参り……行っても良いですか?」




ランディは微笑みながら、提案をする。




もうレザンはパートナーの死を引きずっている様子はない。慰めは野暮だ。




「ああ、あいつも喜ぶ。今度、二人で行くとしよう」




「はい! ああ、でも何ですかね……」




何か引っかかる事があるのか、ランディは納得の行かない顔をしていた。




「どうした、ランディ?」

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