Ⅰ巻 第壹章 新しい朝 13P
リボンに一目惚れをしてしまったので立ち止まってじっと見ている。ランディは急に立ち止まったフルールに気付き、少し先に進んだ分を戻ると隣で物欲しそうな様子を見ていた。生憎、生地がシルクなので割と値段は高め。
「お金が足りない……」
少し悩んだが、今は持ち合わせがなかった。やはり、また今度にしようと思い、渋々ながらリボンを視線から外し、ランディのいると思われる場所を見るのだが肝心の『奴』がいない。
「此処に来て迷子か……」
フルールはお転婆そうな顔を思い切りげんなりさせ、辺りを見渡すもその予想は取り越し苦労に終わった。直ぐに見つかったからだ。ランディは装飾品の店にいたのだ。何をしているのか気になるが、行けば分かるだろうとランディの下へ歩いて向かうフルール。
「ランディにもこんなお店で買いたい物、あるんだ……もしかして故郷に幼馴染みがいてその子の為に何か買っているのかもしれない……」
想像が先走ったランディの身の上話を描いているうち、フルールには小さな苛立ちが生まれた。
「何て奴だ! 目の前に可愛い女の子がいるのに……何だかもの凄くカップルって存在が憎い……」
どちらかと言えば、フルールの苛立ちはない物強請りの僻みでランディだけにではなく、この世に蔓延るカップル全般に向けた言葉だった。
「でも良いな、あたしもそんな人がいた……まあ、今はお仕置きが先決ね」
フルールが会計をしていたランディの背中の後ろまで行き、「何しているの、ランディ君?」と驚かせるように声を掛ける。しかし驚かされることなど、野犬や盗賊などの不意打ちで散々鍛えられているランディは別段、驚く様子もなく振り返り、呆けた顔に照れ笑いを浮かべながら何かを差しだして来た。手にあったのは細長い単行本位の大きさの箱。
「ほら、受け取ってよ」
箱を更に前へ出してランディがフルールに受け取るよう促す。
「何これ、箱?」
フルールは思いがけない状況に戸惑い、目を白黒させる。
「早く開けて見てよ。店員さんの目が少し気になるから……済みません、直ぐに出て行きますから」
「良いのよ。甘酸っぱい恋物語、続けて頂戴。色恋沙汰って最近、御無沙汰だったのよ」
「はははっ、そんな良い物じゃないですって……」
店の人間や客に冷やかされながらも無理やりランディはフルールの手に箱を乗せる。
言われた通り、フルールが箱を開けて見ると中に入っていたのは諦めたシルクの白いリボン。
「ああ、このリボン! もしかして……結構、高かったのに本当に良いの?」
フルールは遠慮がちにランディへと問うた。
「今日、町を案内してくれた御礼」
「御礼?」と箱を胸の辺りで握り締め、しおらしく上目遣いになりながらフルールが言う。
「うん、御礼……でもこう改めて言うとなあ……なっ、何だか急に恥ずかしくなって来た」
フルールの反応に満足して頷くランディだが、店員や客がいる所為で締まらない。
「因みにフルールがそれつけて一番、似合うのは髪を一纏めに結わえるのが良いと思うよ」
ちゃっかり自分の要望を言うのも忘れない。
「後、出よう。もう耐えられない……」
「……ん、今度ね。それとありがと」
もうこれ以上は心が持たないのでランディはフルールの手を引っ張る。一つ会話がずれた生返事をし、リボンに視線を向けたまま、大人しく着いて行くフルール。二人は「また、見せに来て頂戴ね」と言う言葉に見送られ外に出た。
「御礼なんて良いよ。俺の方こそ、フルールに助けて貰ったことや怒ってくれたお返しが出来てないからね。そうだ! 今のうち、聞いておきたいのだけど」
手を離し、後ろのフルールにランディが問う。
「うーん、それはまだダメ。そんなにせっかちだと女の子に嫌われるよ?」
外の風にあたって目が覚めたフルールはいつも通りに戻っていた。
「ごめんなさい」
折角、良い所を見せたのに台無しになったランディはしょぼんとしながら三度目の謝罪をする。
「―――― でもまあ、それじゃあ何か一つだけ、一つだけ絶対にあたしのお願いを叶えて! 今はそれだけで良いよ」
流石に可哀想だったと、フルールが少しだけランディを甘やかす。
此処まで頑張ったのだ、それくらい許されても良いだろう。
「フルールがそれで良いなら決まりだけど良いの? 他にも出来ることはあると思うけど」
絶対に一つだけ願いを叶えるも味方によっては難しいのにランディは更に大きく出る。男の見栄か、はたまたそれだけ感謝しているのか、思いは分かるがフルールはどうでも良かった。
「それが良いの! じゃあ、指切りね。約束破ったら十本全部貰うよ?」
痺れを切らしたフルールがランディの手を掴むと指切りを始めた。人の少なくなった大通り。遠くの山々に半分隠れた夕陽と暗闇に支配されつつある『Chanter』を背景にささやかな約束を交わす二人。この時、ランディとフルールの間にはただ、優しさだけがあった。
ランディはレザンの家から近いこともあってそのまま、フルールを家まで見送ることに。そして家の前まで来てフルールがあることを思い出した。直接、聞いてみようと口を開く。
「ランディ、レザンさんの恩返しはどうするの? もし良かったらあたしも手伝うよ」
フルールが聞きたいことはレザンへの恩返し。ランディはフルールに対してもかなり気を使っていたからレザンも例外ではないだろう。だがレザンのことだ、「恩返しなんぞ、いらん」と突っぱねるのが目に見えている。ならば知恵を貸してやるのは吝かではないと言うことである。
「いや、レザンさんの恩返しは決まっているんだ。後はもう言うだけ」
ランディは今日一番の得意げな顔で謎掛けのように答える。
「……そっか、『Pissenlit』で働くんだー」
「うん、そうするつもり……って、何で分かったの!」
「大体分かるよ。ランディ、お馬鹿だから」
謎かけを出された時、フルールは丁度、レザンが『Pissenlit』で雇いたいことを思い出したのだ。ただ、それをそのまま口に出しただけ。獲物は自ら罠に嵌ってくれた。
「俺は、お馬鹿だったのか……」
フルールが家の前まで行くと凹んでいるランディへと振り返った。
「ほらほらランディ、落ち込まない。それと家まで送ってくれてありがと。また明日ね」
「へーい。でも明日はもしかしたらレザンさんと町長さんの所へ話に行くから……」
ランディは前髪を弄りつつ、明日の予定について考え始めた。
「あたしも明日は仕事だっけ……時間があったら結果を聞きに行ってあげる」
「お願いするよ」
不安を漏らすランディにフルールが背中を押してやる。
「多分、ランディは何にも問題なさそうだからブランさんは良くしてくれるよ」
「ブランさん?」
「ああ、町長さんの名前。でも気をつけてあの人は楽しいことが好きだから面倒臭いことに巻き込まれるかも」とフルールが右人差し指を立てて妙な注意をする。そんなにこの町の町長は変わっているのだろうかとぼんやり考えるランディ。
「分かった、肝に銘じておくよ」
「それでよし。ふふっ、今日は楽しかったよ。今度は町案内じゃなくて遊びに行こうか」
「そうだね、遊ぼう」
話をきりの良い所で終わらせて『Pissenlit』に帰ったランディ。
「ただいま、帰りました」
オイルランプに照らされた今にランディの声が響き渡る。話し過ぎたで帰って来た頃にはすっかり日が暮れてしまった。レザンは読んでいる本から目を離し、ランディの方へと顔を向ける。
「ランディか。今日はどうだった?」
「凄く、楽しかったです!」
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