Ⅰ巻 第壹章 新しい朝 10P
「早く食べてみてよ。それ、あたしが猛烈にお腹空いた時に作ってもらう裏メニューなんだから」
「よく、太らないね。何か秘訣で――――」
「何か今、言った? 全然聞こえなかったけど」
「なっ、何も言ってない! だから胸倉掴むのは……やっ、止めて……くっ、苦し!」
体重の話が出た途端、無表情でランディの襟首を締めつつ、フルールが脅しを掛けた。ランディは首を絞められて顔を青くさせながら途切れ、途切れに訂正を入れる。余計なことを言うからそうなることをランディも好い加減、学ぶべきだろう。女性に体重の話は厳禁だ。そんな二人の様子を店の女性が二人の様子を微笑ましげに見ていた。
「いっ、いただきます」
思わぬ、アクシデントにあったが、試しに大きな口でサンドを頬張ってみるランディ。
「……うくっ。おいしい、美味しいよ。フルール!」
「当たり前よ、あたしはそう言う所は抜かりないの」
ランディはフルール一押しのサンドが気に入った。満面の笑みで小さな子供のように感想を述べる。そのまま、物凄い勢いで食べて行くランディにフルールは満足げ。
「流石だね」
「褒めても何も出ないよ」
「……うん、もう貰ったから要らない」
褒められて胸を張るフルールと何処か気もそぞろで得をしたような顔をしているランディ。
「……ランディって初だよね。あたしが少し胸張っただけでも満足しちゃうんだもん」
「なっ、何のことだい! 俺には全く分からないよ!」
実を言えば、ランディはフルールが胸を張った時にシャツの谷間から桃源郷の入り口を垣間見ていたのだ。
「まあ、今日は許すけど今度はないからね」
「はい。以後、気を付けます……」
むっとした顔のフルールに釘を刺されてランディは素直に自分の非を認め、反省の色を見せた。今回の反省点はあからさまな言動とさり気なさが足りなかったこと。『この反省点は次に生かそう』と意気込み、全く反省していないランディは今日、既に大事なことを二つ学んだ。正午を告げる小さな鐘の音が響く店内を微笑ましくも下らない会話で満たすランディとフルール。サンドを消化した後、二人は残った紅茶を飲みながら寛ぐ。
「ランディは何か好きな食べ物はあるの?」
暇になったのかフルールがランディへいきなり質問を始めた。
「うんん、食べることが好きだから特に大好きって言うものはないかな」
腕を組み、ランディは何の気なしに無色な答えを返す。幼少期ならいざ知らず、大人になると好き嫌いの高低差が曖昧になるのだから仕方がない。
「じゃあ、お酒は好き?」
「お酒は二、三日に一回の飲むくらいかな? 良く飲むのは甘い葡萄酒とか林檎酒」
「へぇ。麦酒や普通の葡萄酒は?」
「飲めないことはないのだけど……あんまり得意ではないかな」
「あたしはねぇ、麦酒は苦手。だけど葡萄酒は好き」
どんな些細なことでも互いに互いを知ることは大事だ。何故なら相手の小さなことを知る積み重ねが信頼や友情を育て、一つ、一つが掛け替えのない物へと変わって行く。この町に住むのならば予期せぬ問題にぶつかった時、一人でも信頼出来る仲間がランディには必要だ。だからランディは気付いていないかもしれないがこの何気ない日常はとても重要なことだった。
「そう言えば何時か、空いている日にでもお酒を飲みに行こうか」
「良いね、それは楽しみだ」と言い、ランディが頷く。
「そしたら次は趣味ね、あたしは絵を描くことが好きなんだ」
「ほう、これはまた意外な一面だね。てっきり、身体を動かすスポーツとかが好きかと思った」
「あたしはお淑やかなレディよ。舐めないで頂戴」
「うん……何だかごめんね」
フルールの自慢にランディが一歩引いた相槌を返す。
「そのうちあたしの実力を知ることになるわ、見てなさい……それであなたは?」
微妙な反応を返されたフルールは必ず、ランディにぎゃふんと言わせることを胸に誓う。
「俺は読書が好きだよ、小さな頃は嫌いだったけど。此処二年でどっぷりのめり込んだなあ」
ランディは斜め上に目を向けて顎に人差し指を掛けて考え込むように言った。
「それこそ、あなたには似合いそうにない……インテリに見えないもん」
「君も相当に失礼だよ……」
相互理解を深めるの良いが目的は町の散策だ。二人は本題を思い出すと外に出る準備を始める。
「このまま話すのも良いけど町の散策をしないと……そろそろ出よっか?」
「うん、そうだね。お金は俺が払うから先に外へ出てよ」
「良いの?」
「いや、俺が街を案内して貰うのだから当然だよ。当然」
「じゃあ、奢って貰おうかな? ありがとね」
「うん」
店を出たランディたちは歩きながら、喫茶店では決まらなかった目的地を決めることに。
「お腹はいっぱいだけど、この後どうする?」
「後々、ランディがお世話になりそうな所を回ろうか……まずは町役場と牢屋、どっちが良い?」
「町役場、町役場でしょ! 俺は捕まるようなことしないよ!」
フルールの脇腹を刺すような言葉に思わずランディが言葉を詰まらせた。
「猥褻罪とかでしょっ引かれないかなあと、あたしは思ったけど」
「ごめんなさい、もう絶対にしません」
「まあ、冗談よ。気を取り直して行きますか」
「あい……」
こうして二人がまず向かったのが町役場。役場は町を盾に端から端まで突き抜ける大通りの真ん中にある広場に面した二階建ての建物だ。家々に囲まれた広場には両端にある大通りのような露店はなく、落ち着いた雰囲気。雪の払ってあるベンチには老人が日向ぼっこをしていたる、子供たちが霙雪に足を取られつつも元気良く遊んでいた。
町役場は正面に四本の石柱が立っており、入口には棚引く国旗、真っ白な壁と青い屋根瓦、建物の一番上には小さな鐘。そしてこの町に一つしかない大時計が壁に埋め込まれている。大都市で現在、流行っているようなゴシック建築などを重んじるロマン主義建築や荘厳さや崇高美を兼ね備えた一昔前の新古典主義とまでは言わないが清潔感には拘っている。様式美で統一されているこの町では珍しい建物だろう。中には住人用の窓口もあるが集会所や図書館、様々な施設が揃っている。特に用事もなかったが、何か問題が起きた時には世話になるので場所くらいは知っておくべきなので来たのだ。今回は仕事の邪魔になるので中には入らず、外で役場の建物を見上げる。
「此処が町役場よ」
フルールが右手を上げて役場の建物を指し示す。
「結構大きいね」
「まぁまぁよ」
「清潔感があって立派だ」
頷きながらランディがぽつりぽつりと簡単な感想を漏らして行く。
「そうね。この町になくてはならない物だから当然と言えば、当然なのだけどだけど」
フルールは何故か含みのある言い方をする。何か納得の行かないことがあるようだ。
「だけど?」
ランディが反射的に町役場からフルールへと視線を移しながら聞いた。
「でも此処の職員は二十人くらいしかいないの。だから中身が伴っていないわ、集会場も使うことが少ないし、此処まで立派にする必要はないんだ……」
「へぇ――――」
「簡単に言えば、箱物行政って奴? 正にゼイキンドロボーよね」
「何も其処まで言わなくても……」
「しかも仕事はノロノロだし、職員は覇気がない奴やら煩い人もいるから碌なもんじゃないの」
フルールにそう言われるとどうしてだろうか、ランディには町役場が居心地悪そうに正座しているように見えた。ただ、フルールが好き勝手に言うのは良い。しかし此処ら一帯は人通りがあっても露店がないので静けさが目立つ。声もそれなりに響く。だから。
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