第93話 存在が薄い

 地下十五階へと続く、滑り台みたいなシュート。

 ついに、ここまでたどりついた。

 SSS級ダンジョンの最下層と呼ばれる、地下十五階。

 ここを滑り降りれば、そこはもう地下十五階だ。


「みんな、いいな?」


 全員で目を合わせ、頷く。

 マネーインジェクション3000万円を、あらかじめ全員に行っている。

 ここをおりてすぐにモンスターに襲われても対処できるようにだ。


「残高オープン!」

[ゲンザイノシュウエキ:1,243,321,400エン]


 十二億四千万円。

 最初からこれを全部ぶちこんでおいてもいいんだが。

 ただ、今までの闘いでわかったことがいくつかある。

 俺のマネーインジェクション、攻撃力はめちゃくちゃ増すが、防御力はそこまででもない。

 特に、状態異常の攻撃にたいする防御力はほとんどない。


 そして、ケガとか四肢欠損したとき、その前にいくらマネーインジェクションをしていても、それを予防とかなおすことはできない。

 かわりに、ケガや四肢欠損したあとにマネーインジェクションすることで治癒することができる。


 だから、会敵する前に全部使ってしまうのは得策ではないという判断。

 マネーインジェクションしてからその効果が切れるのは、一度全力の攻撃をブッパするか、またはその後十五分から三十分間ほど。

 だから予防的に打つマネーインジェクションは3000万円に抑えて、ラスボスに会敵、もしくは会敵確実な状態でさらに二億円ずつマネーインジェクションする予定だ。

 ほかにもいくつか策はあるんだが……。


「配信見ているみんな、最後の頼みだ、応援、よろしく頼むぜ」


 同時に、ローラさんも英語で言う。


「To everyone watching my stream, this is my last request for your support, please!」


【¥50000】

【¥34340】

【$500】

【€500】

【¥300】

【50000】

【€500】

【$500】

【50000】

【€12】

【$25】

【¥2000】

【¥1500】

【¥50000】

……

…………

………………


 同時接続:448万人


 全世界からスパチャが飛んでくる。

 勝つ。

 勝つぞ!

 最終決戦だ。

 俺のすべてを、俺たちのすべてを叩き込んで勝つ。


 スパチャはこの最終決戦ですべて使うつもりだ。

 地上に帰還できればPOLOLIVEからの報奨金もあるし、すでにいくつかの大手メーカーからのスポンサーの話も来ている。

 とにかく生還さえすれば金の心配なんていらない。


「よし、みんな、行くぞ!」

 

 俺たちは滑り台の中に飛び込んだ。



     ★



 地下十五階。

 そこは、なんの変哲もないダンジョンだった。

 なんなら地下一階とあまり変わらない、石造りの通路。

 数十メートル先には大きな扉がある。

 あの向こうにラスボスのダイヤモンドドラゴンがいるのだろうか?

 俺たちはゆっくりとそこに向かおうとして――。


 突然、声が聞こえてきた。


「やあ、よくここまで来られたね。さすがは私を殺した人間たちだ」


 ハスキーな、少女の声だった。

 俺は刀を抜き、アニエスさんも短剣を抜き、ローラはファイティングポーズをとり、みっしーは稲妻の杖を、紗哩シャーリーは風呂敷を構えた。


「……だれだ?」

「はははは、私だよ。いっておくが、君たちとここで戦う気はない。まだ完全復活には遠くて、存在が薄いんだよ」


 そして、おれたちの目の前に、すぅっとふたりの人影が現れた。



 小さな人影だった。

「インジェクターオン、セット、二億円」

「おっと待て待て、早まるな、戦う気はないといっただろう?」


 そこに現れたのは、二人の少女だった。

 一人は小柄なチビで、金髪に赤いメッシュが入ったポニーテール。

 着ているのは赤とピンクのふわふわドレス。

 特徴的なたれ目をしていて、背筋がぞくっとするような冷たい笑みを見せている。

 その口から大きな牙が伸びて輝いていた。


 もう一人は、十歳くらいの、淡い水色のドレスをまとった、かわいらしい少女。

 恐ろしいほど真っ白な肌に赤い瞳、赤い唇。

 でかい牙と鋭く伸びた真っ赤な爪。


 二人とも、知っている顔だった。


「アンジェラ・ナルディと、アリシア・ナルディ……」


 そう、俺たちが倒したはずの、ヴァンパイアロード、アンジェラと、その妹だというヴァンパイア、アリシアだった。

 アンジェラは落ち着いたハスキーな声でしゃべる。


「いいか、落ち着け、私たちはおしゃべりしにきた。さきほども言ったが、私たちの身体はまだ具現化しきっていない。半分はもやのようなもんさ。これでは戦えないしな。本来、太陽の光に焼かれたら年単位で復活はできないんだ。今回は偽の太陽だったからこんなにはやく復活できたが、まだまだ完全ではない」


「なにしにきたんだ?」


「忠告とお願いだよ」


「忠告?」


「ああ、あの扉の先にはこのダンジョンのラスボスがいる。そいつを倒せば、地上へのテレポーターポータルが開き、君たちは帰還できる」


「そうだ、そのために俺たちはここまできたんだ」


「聞こう。ダンジョンとはなんだ?」


 アンジェラが唐突に質問をぶつけてきた。


「は?」


 いきなりなにをいってるんだこいつは?


「ダンジョンとは、なんだと思う? 今から六十八年前、突如世界中にダンジョンが出現した。その中には異形のモンスターたち。われわれもとから地球に存在したモンスターもいれば、そうでないモンスターもいた」


〈やばい、世界の謎が暴かれる瞬間じゃないかこれ〉

〈アンジェラとか何百年も生きている伝説のヴァンパイアロードだからな、ダンジョンについていろいろ知っていてもおかしくない〉




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