第37話 物理法則

 まずは向かって右側、吊り目の方に斬りかかる。

 吊り目の少女は俺が振り下ろした刀をとんでもない速さで身を反らして避ける。

 だけど俺だって自分史上最高額、200万円のインジェクションをかけているのだ。

 最初の一撃はかわされたが、文字通り返す刀で二撃目の攻撃を仕掛ける。

我ながらすごいスピードが乗っている。

次の瞬間、少女の身体はふわりと浮いて、なんと俺の刀の上にピタリと着地した。

とっさに両手で握っていた刀から片手を離し、


「燃え上がれ、焼き焦がせよ! ファイヤー!」


 魔法を放つ。

 それをさらにひらりとかわす吊り目、と、そこで目の端で何かがこちらへとびかかってくるのが見えた。

 たれ目の方の少女だ。

 俺はそちらに刀を向けようとするが、コンマ数秒遅れて――。

 やばい、攻撃をくらう!

 そう思った瞬間。


「てぇぇぇぇぇい!!」


 紗哩シャーリー投擲とうてきした風呂敷が、たれ目の少女に向かって回転して飛んできた。

 たれ目の少女は、なんと、空中でぴたりと動きを止めてそれをかわす。

 なんなんだ、物理法則を無視するなよ! ここは地球なんだから地球の物理で説明できる動きをしてくれ。

 さらにみっしーの放った稲妻の杖の攻撃が連発で飛んでくる。

 俺はいったん後退して距離をとった。


「さすがSSS級だ、動きがやばすぎる……そもそも、どっちがアニエスさんなんだ? みっしー、みっしーはタブレットでコメント欄を見ていてくれ、世界中が見てるんだ、誰か一人くらいはアニエスさんの顔を知っている奴がいるんじゃないか?」

「うん、ねえみんな、ほんとにだれもアニエスさんの顔を知らないの?」


〈アニエスは徹底的に顔を隠していたからな〉

〈素顔なんて誰も知らないんじゃないの?〉

〈いつも覆面していて、同じパーティメンバーすら知らないはず〉

〈なんなら人種も知られていなかった。今こうしてみると白人なんだな〉

〈取材のときもいつもサングラスとマスクだったし〉

〈目の色すら知られてない〉


「声は? 声でわからないか?」


〈うーん、このヴァンパイア、さっき二人同時にしゃべっていたから声で判別もできないな〉

〈声紋鑑定にかければワンチャン……?〉

〈いや、さすがにあそこまで同時にハモられると区別がつかない〉


 顔も駄目、声も駄目、背格好も似たようなもん。

 吊り目かたれ目かも誰も知らないのかよ。

 あまりにも徹底してるだろ、アニエスさんよ!


 少し離れたところで、吊り目とたれ目の少女がふたり、にやりと笑ってハモって言った。


「はははは。クイズは面白いだろう? どちらが私で、どちらがアニエス・ジョシュア・バーナードか、わかったか? ヒントをやろうか? ふふふ、アニエスより私の方が美少女だ。よりかわいい方が私だぞ」


 くそが、ふざけやがって。

 完全に楽しんでもて遊ぶモードに入っているな。

 どう見たって二人とも美少女じゃねーかどっちがどっちとかいう問題じゃない。

 みっしーがインタビューを受けているアニエスさんの写真をタブレットで表示させた。

 くそ、このサングラスでけーな、マスクは真っ黒なやつをつけている、ブロンドの髪の毛は無造作にまとめていて、そこに黒いキャップをかぶっている。

 肌は真っ白で、マスクとキャップの黒さで耳の白さが際立って見えるな。


 ……ん?


 耳だと?

 画像を見る、なるほど、顔は隠しているけど、耳は隠していないな。

 ピアスとかの装飾品はつけてないが……。


「なあ、アニエスさんの耳の形で判別できないか?」


 そう、耳の形ってのは個人個人で違っていて、変わることがない。

 だから、耳の形で個人を判別するってのは、たまに聞く話だ。


〈耳って……〉

〈今画像あさってみたけど、たしかにアニエスっていつも耳は露出させてるな〉

〈わかるかもしれない。でもこの配信の画質でこの距離だと確実に見分けるのは無理〉

〈ほら、アニエスの耳のアップの画像〉

〈なんでそんな画像がすぐ出てくるんだよ〉

〈俺は耳フェチだから〉


 ……うーん、まあ特徴的な耳の形には見えるが、しかし、うん、普通の耳だ。これだけで動きのある戦闘中にどっちがアニエスさんかを見分けるのはほとんど不可能に近いだろう……。

 だけど、ほかにも見分ける方法が思いつかないぞ……。


「……いつまで作戦会議だ? 私はそろそろ人間の血を吸いたくてうずうずしている。そこの人間の女二人の血はうまそうだ。お前たち三人も私の眷属にしてやろう。そして永遠にこのダンジョンをヴァンパイアとしてさまようといい。気持ちがいいものだぞ」


 そのセリフを聞き終わる前に、俺は再びダッシュして刀をふりかぶった。

 もうやるしかない!

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