第35話 勝利条件


「あっはっはっはっは!」


 右の青くて吊り目の方と、左の赤くてたれ目の方、二人の少女が、同時に笑った。


「少年。見たところ、君もヴァンパイアではないか? こんな簡単なこともわからないのか?」


 俺はアリシアに噛まれてヴァンパイア化した紗哩シャーリーに噛まれた、ただそれだけの半ヴァンパイアにすぎない。

 アリシアを倒して紗哩シャーリーは人間に戻り、俺自身も二週間もすれば人間に戻る。

 そんな中途半端な存在の俺が、ヴァンパイアについてわかるもなにもあったもんじゃないぞ。


「アハハハハ、なるほど、君らにはわからないのか。……そうだ! いいことを思いついた、ではこのまま教えずにおこう。ちょっとしたクイズということさ」

「……なにをいっているのか、さっぱりわからねえぜ、ヒントくらいくれ」


 二人の少女は、お互いを指さした。

 そして、同時に完全にハモりながらこういった。


「私がアンジェラ・ナルディだ。そしてこいつが、アニエス・ジョシュア・バーナードだよ。私が吸血して、眷属となったのだ。今は私が身体を操っている。アニエスとやら、非常に強力な人間ではあった。実際、私は首をはねられたしな。しかし、それくらいでは私は死なない。永遠の夜が約束されたダンジョンの中では、真祖のヴァンパイアたる私に勝てる人類などいるわけがないのだ」


 俺たち三人は息をのむ。

 どちらかがヴァンパイアロードのアンジェラで、どちらかが、SSS探索者のアニエスさんの身体ってことか!?


「ふふふ、このアニエスの身体はすごいぞ。今まで私が手に入れた中で最強のポテンシャルを秘めている。あと数日もすれば、完全なる私の眷属となり、新たな人格のヴァンパイアとして私と永遠の夜を生きるだろう。彼女もまた、伝説のヴァンパイアとなる」


 くそが、頭の中がぐるぐる回る。


「あのー、妹さんを倒してしまったことは謝罪いたしますから、アニエスさんの身体をお返しいただくというわけにはいかないでしょうか……? なにかこう、条件などあればおっしゃってください」


 みっしーはまだ交渉するつもりらしい。

 二人の少女、アンジェラ・ナルディと、そしてSSS級探索者だったアニエスさんの身体が同時にしゃべる。


「条件交渉とは、戦えば互いに回復困難なダメージを受けるときにだけ有効な手段だ。私にとって、条件を出す必要がどこにある? このアニエスとやらが、人類最強にして最良の探索者だったのだろう? では君たちは? アニエスが勝てなかった私に、君たちがどうダメージを入れるというのだ?」


 いや、二人の少女のうち、どちらがアニエスかという情報はどうしても欲しい!


「ああ、あんたの方が強いのは確定的だと俺もおもうぜ。だから、ハンデをくれ。どっちがアニエスさんの身体だ?」

「それを教えたらクイズにならないではないか。それではつまらない」


 くそ、それがわからない。

 アニエス・ジョシュア・バーナードは、世界最高峰の探索者であり、最強のニンジャと言われていた。

 有名人だから、その名前は俺も当然知っている。

 しかし、顔を知らないのだ。

 俺だけが知らないというわけじゃない。

 アニエスさんは自分の顔を知られないようにしていた。

 ダンジョン探索の最中も、ニンジャらしくいつも覆面をしていた。

 顔をあまり知られると、探索者としての仕事も、プライベートの生活もしにくくなるという理由だった。

 今回日本にきたときも、インタビューにはマスクとサングラスをして応じていたはずだ。


 そして、ヴァンパイアロードたるアンジェラ・ナルディについても、顔を知らない。

 というか、アンジェラ・ナルディほどの存在ともなると、その姿かたちすら自在に変えられると、あのヴァンパイア卒論の人も言っていた。


 だから、今俺たちの目の前にいる二人、どちらがアニエスで、どちらがアンジェラか、その見分けなんてまったくつかないのだ。

 俺たちの勝利条件はアンジェラ・ナルディを倒すこと、そしてそのことによってアニエス・ジョシュア・バーナードを人間に戻すこと。

 間違ってアニエスの身体をやっつけてしまってはならない。

 どちらが倒すべきヴァンパイアロードのアンジェラかを見極め、アンジェラのみを倒さなきゃいけない。

 SSS級のモンスター、ヴァンパイアロード。

 どのくらいの強さを誇るってんだ?

 二人の少女は、二人同時ににやりと笑って、


「ではちょっと遊ぼうじゃないか」


 そして、魔法の詠唱をはじめた。

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