第124話 犯人は幽霊新幹線?(8)

「9110Bが上野駅に接近中。陸自の中央特殊武器防護隊が上野駅に展開中です」

「だから虚像しかないって分かってるのに」

「官邸も自衛隊も確証がないと責任が取れないそうです」

「そのためにトクボウ(特殊武器防護隊)を出すのか」

「民主主義のコストかもしれないですね」

 上野駅地下5階新幹線ホームの様子がディスプレイに表示される。

「9110B、減速してますが止まりません!」

「えっ」

「通過列車の運転速度曲線通りに上野駅を通過する模様!」

「上野駅の通過制限速度は110㎞。これじゃトクボウがセンサーを使えない」

「9110B、通過しました!」

 駅員が声にする。

「東京駅の終着ホーム、空いてる?」

「23番線が今空いています。そこに入るものだと」

「……23番線か」

 鷺沢は考え込んだ。

「というか、四十八願さん、何やってるんですか」

「すみません、今忙しくて」

「何やってるの……」

「まもなく9110B、御徒町トンネル、秋葉原北部トンネルを抜けて地上に出ます!」

 秋葉原駅付近には新幹線の見えることで知られるビルがいくつもある。そこにも撮り鉄が陣取って通過を見ている。どこで9110Bが察知されたかわからないのが撮り鉄の謎である。

「出てきても何もないんだけどなあ」

 鷺沢がぼやく。

 そのまま9110Bは神田付近で上野東京ラインの大高架の下を抜ける。上野東京ラインは通過に合わせて列車が9110Bに巻き込まれないようにと抑止されているようだ。そしてそのまま首都高の下をくぐり、東京駅手前のダブルクロスポイントを通過する。

「23番線に入線するつもりなんだろう」

 映像が切り替わる。

「あれ、隣も新幹線ホームなの?」

 佐々木が気づく。

「うん。東海道新幹線14番線に隣接している。でもこの2つの線路はつながってない」

「じゃあ、ここで終わり?」

「そうだろうなあ。実体もないし。でも日本政府の首に匕首をかけたのと同じ効果があるかもしれない」

「それがやりたかったことなの?」

 犯人は応答しない。

「9110B、23番線に進入。70キロ制限かかっています……おかしい! 停車操作しません! スピードオーバーです!」

「車止めに突っ込むの!? 実体はないとはいえ、なぜ?」

「止まりません! 衝突します!」

 実体のない9110Bとはいえ、衝突に目をつぶりたくなった。

 だが。

「消えた?」

 沈黙があった。

「JR東海総合指令所から報告」

 JRの係員の報告が沈黙を破った。

「14番線の地上子に未知の在線情報が存在。運行管理システム・COMTRACがそれに列車番号9109Aをアサインして新横浜方面に向けて移動開始したそうです」

「……東北新幹線から東海道新幹線に転線した?」

「しかも9109A。ひかり109号と同じ109を使ってる」

「とはいえ、おかしい。なんでJR東海がこんなに冷静なんだろう?」

 鷺沢が口にする。

「それは私が手を打ってたからです」

 四十八願が言う。

「23番が空いてるって聴いた時、もしやと思ったら14番も空いてる。犯人グループなら絶対転線させると思いました。それがシン・シンカンセンプロジェクトのファイルの内容でもあるし、そもそも私が犯人だったら絶対そうします」

「危ないなあ。でもそうか……じゃあ、この9110B転じて9109Aはどこに向かうんだ? ひかり109号のように博多までかな」

「いえ、そこまでは行かないようです。その必要もないし」

「必要?」

 鷺沢は不審がった。

「ええ。この幽霊新幹線の見せたいものの目的から言って、博多まで行く必要がないんです。だって、この幽霊新幹線は」

 四十八願はわざと間をおいて言った。

「幻の寝台新幹線計画に基づいた運転をしているんですから」

「寝台新幹線?」

「ええ。シン・シンカンセン計画の中心は、まさにそれだったんです」

 みんなボー然としている。

「それをプロジェクトファイルの解析で判明させました」

 佐々木がようやく我に返っていった。

「ちょっとそれ、詳しく聞かせてくれる?」



「日本の現在の新幹線計画は、北陸新幹線敦賀延長などで一見着実に進んでいるようですが、諸外国の高速鉄道の進展からみると、驚くほど計画性がないんです。これだけ路線が伸びても路線網としての活用は、みんなそれが当たり前だと思わされているだけで、もっと便利に有機的に使えるはず。そしてそれは日本の鉄道計画だけでなく新しい国土計画にもなりうるし、それは地方と中央の格差解消、国土の均衡ある発展、そして地方創生の切り札にもなりうる。しかしそれを計画する者は現在あまりにも稀です。国土交通省も責任を果たさないし、JR各社も他社との連携については冷淡だ。正直、日本の新幹線はその真価をそのために半分も使っていない、というのがそのシン・シンカンセン計画の根幹です」

「過激といえば過激だけど、海外だと新幹線並みの速度で走る新型寝台列車がはやってる。しかも国境を超える国際列車で。それからみると、同じ国なのに会社でぶっつり切ってしまう日本の新幹線って、あまりにももったいないよね」

「でもその活用を言っても日本の鉄道業界では非常識非見識と却下されてしまう。JR発足の時、人々は民営化後の自由な鉄道に胸を躍らせてさまざまな策を打った。余剰車両を使った鉄道版観光バスのジョイフルトレイン、長距離を移動することそのものを楽しみにした乗って楽しい寝台列車トワイライトエクスプレスと北斗星・カシオペア。若者の旅を応援した各種夜行快速と全線普通列車乗り放題の青春18きっぷ。そしてその時代を切り開くために企画された空前絶後の大計画・オリエントエクスプレス88。欧州の超有名国際列車オリエントエクスプレスをパリから東京まで運転する大計画。そのためにJR各社は海外規格のオリエント車両が走行できるように線路を敷き直しすらした。そしてJR各社はそこまでの国鉄車両をJR世代の新型車両に次々と置き換えた。まさに夢と希望たっぷりの鉄道新時代の到来だった。

 しかし、それが今どうでしょう?JRの時代は国鉄の時代より年数で上回り、国鉄時代採用の人員はとうとう全員定年を迎えJRしか知らない人間だけになった。それは仕方がないけど、JR北海道やJR九州、JR四国は経営難にあえぎ、JR西日本もJR東海もなかなか真に斬新なサービスが始めにくくなり、JR東日本もリーディングカンパニーのはずが鉄道事業を企業経営のおまけあつかいにして不動産開発や流通サービスにシフトすると公言している。青春18きっぷも事実上のサービス縮小、寝台列車はカシオペアも含めて全廃。ジョイフルトレインもほとんどなくなり波動輸送用車両も足りないありさま。JR各社はそれどころか会社マタギの列車すら嫌がるていたらく。そしてそれを改善しようともしない国土交通省鉄道局。その結果、観光業界は内需の貧困にあえぎ、それを埋め合わせるはずの海外からのインバウンド需要がきても対応できず、地方ローカル線どころか地方の準幹線ですら廃止の危機になっている。

 これが日本の鉄道の現実です。時刻が正確で事故が少ない? それは当たり前です。でもサービスはどんどん削られ、車内販売もなくなった。はたしてそこに夢はあるのか。当初の鉄道復権の志はどこへ消えたのか。鉄道事業法第1章第1条の鉄道事業等の健全な発達と公共の福祉はいったいどこに行ってしまったのだろう。

 という問題提起が、そのシン・シンカンセン計画にありました。……だから闇に葬られたんです」

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