第21話 殺人者は鉄道会社?(5)

 横浜・西谷駅近くに覆面パトカーで佐々木と鷺沢は降り立った。横浜と言っても洒落た港町なのは海沿いの僅かな場所で、その内陸部はどうということのない畑と雑木林と安売り戸建てとアパートが並び、そこにバイパスとロードサイドスタイルの回転寿司屋やファミレス、中古車店が連なる風景であり、ざっくり言えば埼玉や群馬と言われても区別のつかないような無個性な令和日本の田舎の風景である。

「加藤さん?」

 下校中の中学生の中で振り向いた子に、佐々木は続けた。

「加藤千夏さん、ですね」

 うなづく彼女に、佐々木は小声でいった。

「LTDEXP257、でもあるわけね」

 彼女は1センチほど飛び上がった。

「大丈夫。私は警察だから」

「なんで!?」

「天網恢恢疎にして漏らさず、って、知ってる? 正義の味方の目はいくら隠れてもごまかせないのよ」

「でも、私、なにも悪いことしてません!」

「大丈夫。それも知ってる」

 でも彼女はすっかり怯えている。

「ちょっとお茶でもしながらお話聞かせてほしいの」

「SLOW FARMがおすすめだね」

「ちょっと、なんで知ってるの?」

 店を提案した鷺沢に佐々木がイラッとして言う。

「うちの師匠が喫茶店好きだったの。脚本家だった」



 喫茶店はDIYで作られたアメリカンカジュアルの内装がセンスよく落ち着いた感じの良さげな店だった。

「このガトーショコラがいいって話だった。ブルーベリー僕好きなんだよね」

 鷺沢は早速ぱくついている。絵にならない……甘味好きなおっさん……キモい……。佐々木はそうドン引きしている。

「加藤さん、ガムテープさんのこと」

「つらいです」

 彼女は答えた。

「だって、本当にガムテープさん、わたしたちに優しくしてくれてたから」

「あんな噂なのに」

「噂は所詮噂です!」

 彼女はそう強く否定する。

「そうだよね。ところで、ガムテープさん、いつもどっちの手に腕時計してた?」

「右手です。左利きだって言ってました」

「なるほどね」

 鷺沢はうなずいた。

「思ったとおりだ」

「なんのこと?」

 佐々木は理解できないでいる。

「いや、ぼくもテツ仲間でいろいろ話を調べたんだ。そうしたら、ガムテープさん、なんかどうもおかしなことに、熱烈な支持者がいるんだよね。数は少ないけど、ガムテープさんこそ理想の撮り鉄だった、っていうほどの」

「そんな。だって鉄道施設を損壊してるとか、キセルの常習犯だったとか」

「それが多数の見方。でもその真逆の見方の少数がいる」

「なにかの勘違いじゃないの?」

「ぼくもそうおもった。でも佐々木刑事、ガムテープさんの身元照会して気づかなかった?」

「どういうこと? ガムテープは結婚歴もなく両親もいない一人暮らしで、残した物品の相続……えっ」

「ほらね。そういうこと。ガムテープは2人いる」


 喫茶店内を流れる音楽が心地よくこの秋の午後のひとときを演出している。

「いろいろ調べたんだけど、ガムテープ兄とガムテープ弟はずっと昔、両親の離婚で別々に引き取られている。でも幼い頃から二人は鉄道好きだった。一緒に鉄道趣味を楽しんでいたんだろう。そして別れても鉄道趣味は変わらない。だけどそのあと、おそらく兄は真面目な撮り鉄に、弟は子供らしいやんちゃをこじらせてクズテツになってしまった。兄は弟に改心を迫ったけど、弟はそれに反発してますます悪事をエスカレートさせた。そこで兄は弟と同じように車の傷をガムテープで補修して弟ガムテープの偽者を演じた。撮影地はで兄弟を区別できるほど知ってる人間はいない。だからガムテープ兄弟を人々は混同して混乱が生じた。それが兄弟ののぞみだったかはわからない。ただ兄は弟をなんとかしたかった」

「じゃあ、この加藤さんに優しくしたのは、ガムテープ兄?」

「そう思っちゃうけど、兄は右利きだった」

「えっ、じゃあクズテツの弟だったの?」

「そうなんだ」

「なぜ断言できるの?」

「それは、ガムテープ兄は」

 鷺沢は一瞬言い淀んだ。

「亡くなってるんだ。このコロナにかかって名古屋の病院で。テツの情報網でもわかんなくて、石田さんに調べてもらった」

「何勝手に石田さんに調査オーダーしてるのよ、って言いたいけど……でもお兄さん」

「ああ。弟のこと、弟の汚名返上を願いながら亡くなったそうだ」

「でも加藤さんが出会ったのはそのずっと前よね」

「そう。弟さんも、実はお兄さんと同じ、紳士で真面目な撮り鉄の心を持っていたんだ。いくつもの過ちを重ねてきた中で、その泥の中で死んでいくのが悔しくなった。それは弟さんの中にお兄さんの分身が住んでいたんだろうし、お兄さんも弟さんの分身を自分の中に住まわせていたんだと思う。だからお互いに強く意識もし、なんとかしようとしていた。だから弟さんは散々悪事をしていたけど、それでも完全に悪になりきれなかったんだ。だからこの加藤さんに素敵なことをしてしまった。そしてそれが予想以上に楽しくてよかったんだと思う。悪事して写真撮ることなんかよりも。でも、それに気づくには遅すぎた。その学びから汚名返上する前に、轢かれて死んだ」

「人身事故だったの?」

「いや、それがね。鉄道会社調べたら、列車の前頭部に彼をはねた形跡はなかった。あの速度だと必ず車体に凹みとか傷とかつくはずなんだけど」

「……どういうこと? だって検屍では列車にはねられた、前頭部に当たった衝撃で死んだ、ってなってた。検屍が間違ってるの?」

「いや、検屍はちゃんとあってる」

「じゃあ、なぜ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る