第17話 殺人者は鉄道会社?(1)

「死因は鉄道車両に接触しての外傷ですね。所持品から身元が判明してます。宮川孝介47歳。カメラ一式。近くに彼のものと思われる車がありました。脚立などが車の中に」

 藤沢駅近くの東海道線の線路端に佐々木たち刑事が集まっている。人身事故だが所轄交通課だけでは対処できないということで県警本部に応援が要請されたのだ。

「いわゆる『撮り鉄』なのか」

「そうでしょうね。このせいで東海道線関係の列車が全て運転見合わせになっています。影響規模は何十万人にも」

「今はここら辺の東海道線は湘南新宿ライン、上野東京ラインも同じ線路を走ってて複雑怪奇だ」

 その時、JRの職員が「そろそろいいですか」と現場検証の切り上げを促してきた。早く運転を再開したいのだ。

「無理な撮影をして轢かれた、って感じですかね。自業自得」

「今撮り鉄への風当たりが強いからなあ。これも報道されたらまた撮り鉄叩きがすごくなるだろうな」

 佐々木は溜息をついた。

「うちの甥っ子が電車が好きで。撮り鉄ってワケでもないんだけど、たまたま旅行にいく駅で電車をスマホで撮ろうとしたらやたら邪魔してくる変な男がいたって言ってたな」

 石田が言う。

「撮り鉄を成敗した気にでもなってるんですかね」

「今はみんな正義に飢えてる。SNSやそういう手軽に出来る正義にみんな飛びつく」

「どうかしてますよね」

「でもな」

 石田は考え込んだ。

「なんか変なんだよなあ、これ」

「え、ただの撮り鉄が無謀な撮影したあげくに人身事故で自滅した、だけじゃないですか」

「俺も普通にそう思ったんだけどさ」

 石田は考えている。

「佐々木、あの例の妙なセンセイ」

「鷺沢ですか?」

 佐々木は露骨にいやそうな顔をする。

「ああ。ちょっと聞きたいことがあるから、あとでLINE繋いでくれ」

「LINEのアカウント教えますから直でやりとりしてくださいよ」

「そんなに嫌うことないと思うが」

「あの人、キモくて」

「しょーがねえなあ」



「検屍によると思いますが」

 LINE経由で鷺沢は話し出す。

「確かにおかしいです。まず彼が撮り鉄だとして、何を撮りに行ったのか」

「電車でしょ?」

「いえ、ああいう撮り鉄はただの電車を撮ってるわけではないんです。珍しさ、思い入れのある列車を自分の願うとおりの構図、光線状態、さらには列車のワイパーの向きやヘッドライトの照らし方まで狙ったとおりに撮れるのを期待してるんです。それが望むとおりに撮れると「Vな撮影が出来た」と喜ぶ。でもそれ以外だとあまり喜ばない。狙った列車を撮ることに彼らは全てを賭けてるんです」

「なんか釣り師みたいですね」

「ええ。似ています」

「鷺沢さんもそうなんですか?」

「いえ、私は模型鉄ですから。撮り鉄みたいにたった一度、一瞬のチャンスのために長距離旅行して、夏の暑さ冬の寒さの中、ダイヤが乱れないことを祈りながら狙った列車を待つなんて芸当は出来ません。それで狙った列車が来ても反対側から来た列車に邪魔されたりして全てが台無しになることもあるなんて、私はそこまで忍耐ないですよ。鉄道模型なら何度でもやり直しも出来るし気に入らないものも、どかして撮れる。実物を相手にする撮り鉄だと現実にそれをやるなんて不可能ですからね。たまにやろうとして炎上沙汰になるけど」

「そうなんですか」

「でもおかしいですよね。多分私の周りが知ってるレベルの有名撮り鉄だと思うんですが、名古屋からわざわざなんで藤沢にまで来てるのか。というのも今日、そういう撮影ネタになる珍しい列車が走るって情報、ないんですよね……別の所にはあるけど」

「そんなのわかるんですか?」

「撮り鉄の情報網は不思議なほど広く正確で深いんですよ。噂では鉄道会社の内部に協力者がいると言うけど、誰もその実態を知りません。知ろうとしていつのまにかいなくなった人間が何人も」

「それはそれで怖いし事件性がありそうな」

「それともう一つ不思議な点が」

「まだあるんですか」

「運転士さん、なんで気付かなかったんだろう。運転士さんの視力は600メートル先の障害物を察知できるとされてる。でも今回、列車の停車位置は大幅に死体の先です。在来線の列車は600メートルあれば止まれるように法律で規定され設計されています。ましてここは撮影地、撮り鉄が撮影するのに一番と決めて集う所でよく知られている。運転士さんもそれを知ってて警戒してたはず。そして私、YouTubeにアップされてるここを通過する列車から前を撮した動画を見てますが、開けたところで撮り鉄がいれば容易に気付く。それなのに列車は彼を轢いたはずなのに気付かなかったように先に進んだあとで止まってる」

「まさか、わざと轢いた?」

「彼がよほど悪質な撮り鉄だったら、と思うんですが、運転士さんにそういうメンタリティの人は希なような気がします。みんな人身事故に心を痛めてる。なかにはそのショックで辞めてしまう人だっていますから」

「そうですよね」

「現場の写真、他にあります?」

 石田が促すと、佐々木は嫌そうな顔をしながらケータイに入っている現場写真の共有操作をした。

「すぐにはわからないけど、いろいろと不自然ですね……でも運転は再開したんですね。さっき鉄道のアプリで知りました」

「まあ、正直、普通の人身事故だからな」

「そうかも知れないし、そうだといいのですが」

 鷺沢は何かを危惧していた。


 そして、それはその通りになった。

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