第26話 人質の逆襲

「一番危険な場所は一番安全な場所。堂々と指につけたものは盗んだばかりのもの、誰も想像できないでしょう」

「……本当か?!」

 私を信じきれないケンは姫様に問いかけた。

 藍の話によると、青石は何年前からサン・サイド島に保管されていた。青石云々と言ったけど、ケンは本物を見たことのない可能性が高い。

 それに、姫様がそれを持ち歩いているという確信もないはず。

 途方に暮れて、勢いで海賊を脅かそうとしただけだ。

 こんな時に本物っぽいものを見せれば、必ず動揺する。

「……」

 姫様は唇を噤んで無返事。

 ケンは更に戸惑った。

「姫様は優しいお方、この前にも大変お世話になったの。恩人が苦しんでいる姿を見たくない。海賊たちの用意を待っている間、姫様の代わりに私が人質になってあげる。この青石と一緒にね」

「! モ、モンドさん……!」

 姫様は驚きの声を上げた。

「何が迷っているの? 姫様を人質にしても、いざとなった時に本当に手を出せるの? 無条件であなたを信じ、あなたを庇った姫様を道ずれにするようなことをしたら、あなたの卑怯さは、あなたが憎んでいる奴ら以上だよ」

「……」

 ケンは沈黙した。

 腕の力が少し緩んだようだ。

 姫様への感謝と罪悪感がまだあるのでしょう。

 けど、彼の罪を咎めた私なら、躊躇いなく利用できるはず。

 彼の決断を催促するために、ゆっくりと前に進む。

「さあ、姫様を放して、私を掴むがいい。どっちが有利なのか、あなたも知っているでしょ」

 捕まれやすいように、両腕も伸ばした。

 !

 足音!?

 幾つかの人影は、甲板の向こうから走ってくる!

 !!

 突然に現れた人たちに注意力を取られた瞬間、ケンは姫様を突き飛ばし、私の両腕を掴んだ。

「嘘でも、とにかくもらおう!」

 ケンは指輪を抜こうとするが、私は拳を握り潰し、させなかった。

 強奪は失敗、予想もしなった人たちも現れ、ケンは慌てて私を盾にして防御の姿勢を取った。


「これは一体……?!」

 駆けつけたのは六人。

 副船長、体格のいい船員が三人、自称なにかの探偵の少年、そして、ブリストン子爵の末子。全員の手に剣か銃の武器を握っている。

「見てわかりませんか。その人は人質と秘宝を交渉条件に、奴隷たちの自由と脱走用のものを強要しています」

 ウィルフリードが涼しい顔で語った説明を聞いけど、六人の中で、五人は状況を呑み込めなったように、疑問顔のまま。

 一人だけ、目がキラっと光った。

「やはり犯罪者だな……」

 探偵の少年は歯を噛み締め、悔しさと憤慨を込めた言葉を発した。

「最初からお前の正体を見破ったんだ。さっさと観念しろ! 海賊たちはすでに制圧された! 救命ボートも食料も俺たちが確保した! これ以上悪行を重ねたら天に代わって成敗するぞ!」

「このガキ! なんの戯言を!」

 カンナは少年の胸倉を掴んだ。

「戯言じゃない。現実だ! 武器さえあれば俺様は無敵だ! 海賊如きが何匹いようとも話にならない! 全員を助けるのもちょろいことだぜ! なあー!」

 賛成を求めるようと少年はアルビンに視線を向けたけど、残念なこと、相手の視線は私のほうに向けていて、少年には無返事。

「全員を助けるって? どこの夢話だ!」

「夢のないエリザコ海賊! よく聞け、俺様はフランディール帝国皇帝陛下に直属する特別秘密探偵の……」

 ああ、さっきより面倒なことになった……

 ケンと海賊は敵同士。海賊と客船の人は敵同士。ここにいる全員とケンは敵同士。

 誰を先にやっつければいいのか誰も分からなくなる……

 まさにカオス状態だ。

 !

 不意に、割れたような痛みが頭の中を走った。

 嘘でしょ、こんな時に、魔女の呪いが……!?


「姉貴! 大変だ!」

「捕虜たちが……!」

「ひぃええ! こっ、ここにいたんだ!」

 ボロボロになった数人の海賊が慌てて駆けつけて、遅れの情報を持ってきた。

「黙れ! 捕虜なんかに構う暇などない!」

 カンナの一喝に雑魚たちはヒヒッと背中を伸ばした。

 今となって、さすが海賊姉貴の神経も切れる。

 状況はますます混乱になっている。

 絶好な脱出チャンスなのに、頭を襲う痛みのせいで全身の力が散らして、集中できない……

「皆さん、もうやめてください!」

 姫様は爆発直前の探偵少年とカンナの間に入って、渾身の力を絞って二人を押し分けた。

「モンドさん、モンドさんはわたくしのために人質に……お願いします! 彼女を助けてください!」

「なんだと?!」

 一番乗りで姫様の話に反応したのは、少年ではなく、アルビンだった。

 その話に、子爵末っ子は血相が変わった。

「あいつは、貴女のために……? 馬鹿な……」

 その顔を見て、苦笑したい気分だ。

 そんなに不思議なの?

「本当です! モンドさんは、自らわたくしと入れ替わって、人質になったのです……」

 姫様の気持ちに申し訳ないけど、人質になったのは人助けのためではない。

「……」

 数秒の沈黙が経ったら、アルビンはまた私とケンに向けた。

「お前、一体……なにをしたいんだ! このバカ!!」

 突然の怒鳴りに、後ろのケンまで驚いて、膝がガクと小さく揺れた。

「……また何かご機嫌を損なうことをしましたか? それは申し訳ないですね」

 頭痛を我慢しながら、皮肉のつもりで愛想のない微笑を作り上げた。

「あの時も、同じだったのか?! 同じだろう! 教えろ! 本当のことを教えろ!」

 いろんな意味で頭痛が激しくなった。

 手を使えたら、この馬鹿なお坊ちゃまに一発を食わせてやりたい。

 空気を読め! 過去の真実なんかを究明する場合じゃないだろ!

「どうやら、いろいろな事情があるようです……いいえ、ありすぎますね」

「藍!」

 いつの間にか、藍は姫様の後ろに現れた。

 遅いわ……いままで何をしてたの?

「お嬢様、ご無事ですね。お傍から離れてしまって申し訳ありません。あの船長の状況はちょっと手ごわいですので……」

「モンドさん、モンドさんはわたくしのために、人質になったのです! お願い、彼女を助けて!」

「なるほど、姫様のために、そのようなことを……」

 姫様から話を伺った藍は、目線を私に移した。

 泣きそうな姫様と全く違い、波紋一つもない静かな眼差しだ。

「この状況を片付けないと、終わるべきことも終わらないでしょう」

 そう言いながら藍は前に出た。

「なんのつもりだ!!?」

 警戒したケンは私の頸と腕を更に強く締めた。

 両手は彼の太ももに当てられている。

「あの船長さんに青石の逸話を聞かせたのはあなたですね」

「それはどうした?!」

「だっとしたら、あなたも知っているはずです。青石は幸運を呼ぶものではなく、数々の不幸を持ち主に運ぶ忌まわしい存在です。そのような物ですから、どうぞお好きのように処理してください」

「!?」

 その発言はあまりにも意外だったのか、一瞬、私の腕を縛る力が緩んだ。

 ほぼ同時に、頭の痛みが消えて、体の感触が戻ってくる。  

「な、なにをふざけたことを! 青石も、この女も、どうなってもいいのか!」

 ケンは取り乱している。

 チャンスだ。

 右手の親指で、こっそりと人差し指につけた指輪の蓋を弾けた。

「さっさと言ったものを用意しろ! でないとこの女と青石は……」

 ケンは私の方腕を上げようとする瞬間、指輪に隠された小さな刃で思いきり彼の太ももを切った。

「グァァーー!!」

 悲鳴とともにケンの体勢が崩れ、私は束縛から解放された。

 躊躇いなく、垣立の向こう側に身を引き、ケンから離れる。

 指輪が描いた軌跡から、数点の赤い血滴が飛ばされ、火の光の中で煌めいた。

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