第23話 張本人は誰

 風が吹いたらあっさりと散りゆくような、朧な記憶。

 大体十年前のことでしょう。

 ずっと不思議と思っていた。

 自分の気持ちも、二人の会話も覚えているのに、「あの人」の様子だけは思い出せない。

 でも、その人の年齢はウィルフリードと変わらないような気がする。

 やはり違う人なのか。

 その百合の花ペンダントも、ただの偶然なのか……


 塩臭い船室内より増しだけど、真夜中の海賊船の甲板はじっくりと会話を交わすところではない。

 海賊の見えない片隅なのに、海賊たちの騒がしい声が途絶えずに伝わってくる。

 火の光は今にも消えるように揺れている。

 空気まで腐った匂いがする。

「なんの話をしたい? これまで悪行なの?」

「一体どんな目で僕を見ているのですか?」

「どうして船長室にいたの? なぜ船長に先生なんか呼ばれている? あんたは一体何を企んでいるの?」

 戯言で逃がさないように、単刀直入に問詰めた。

 ウィルフリードにかかわると、なぜか気が短くなる。

 人を見るのは得意のつもり。

 初対面の人も、よく観察すればすぐその性格や身分の大概を掴められる。

 けど、この人のことだけ、何も見通せない。

 逆に見通される気がする……

 まるで、私の天敵のような人だ。


「そのロードという船長は、呪われています」

「!?」

 少し沈んだ調子で言い出された言葉はまた意外なものだった。

「海賊船に上がったら、船長の様子に気になりました。気が狂っていて、何かに取り付かれたように見えます。それで、海賊の間でよく使う暗号で『僕は同業者』と伝えました」

「……」

 海賊の暗号を知ることはなんとなく納得できる。

 この人は一応天下の大悪党だから。

「あのカンナという女に船長の狂気を抑えられると伝えたら、ロードと話させてもらいました。呪われたけど、ロードは面白い子です。世界見聞をいろいろ聞かせているうちに、僕のことを先生と呼ぶようになりました」

「……その『呪い』は、どうやって抑えたの?」

「商売の秘密です」

 周りが暗くて彼の表情をよく見えないが、今私に向けているのはズルい笑顔に違いない。

「じゃ、何に呪われたの? その狂気は、客船を襲うことと青石を奪うことに何か関係でもあるの?」

「もちろん関係があります。しかも、呪いをかけた張本人はこの船にいます」

 !

 ウィルフリードは垣立に向けて一歩を踏み出して、漆黒の海面を眺めながら懐から何かを取り出した。

 よく見れば、指二つくらいの太さと掌くらいの長さの「鉄棒」のようなものだ。

「オレとものを争う代償を、彼たちに知ってもらわないと」

 胸の底まで沈んだその声にぞっとした。

「再会のお祝いに、綺麗なものを見せてあげましょう」

 変わったのが一瞬だけ、彼の口調はまた平穏に戻った。

「綺麗なもの?」

「月のない夜に、空を輝かせます」

 ウィルフリードは鉄棒の蓋を取り、開け口を夜空に向けた。

 ザッサ――!

 小さな爆発音と共に、光の玉は鉄棒から飛び出し、空を駆ける星となった。

 ザッサ――!

 また一つ。

 鉄棒から十数個の流星が相次ぎ飛び出した。

 黒い幕のような夜空を灯る光の球は空で爆発し、無数な金色の星となり、巨大な花を咲かせた。

「花火?」

 それは遠い東方からのものと言われている。

 火薬を容器の中に詰め込み、何かの条件を加えれば、多彩な変化を咲かせる。

「これはどういう意味?」

 綺麗だけど、綺麗だけではないのがわかる。

「すぐわかります。今は、あの張本人を探しに行きましょう」

 ウィルフリードはまたもったいぶりして、私の腕を掴んで甲板下の船室に入った。


「なんじゃあれ!」

「信号か?!」

「どこからのもんだ?!」

「ボスに知らせなきゃ!」

 異常事態に気付いた海賊たちが騒めいて、船室内はあっという間混乱になった。

 ウィルフリードに腕を引かれたまま海賊の中を走り通る。

「ウィル先生!」

「あっ、ボスの先生だ!」

「悪いが、今ちょっと手が離せねぇ!自由にどうぞ」

 嘘でしょう……

 教養のない雑魚に見えるやつも、まだまともな人間に見えるやつも、ちっともウィルフリードを疑わなかった。

 それどころか、かなり尊敬な態度で彼に接している……

 奥様やお嬢様たちだけではなく、海賊まで食えるのか?!

「その目線、感服と捉えてもいい?」

 彼は自慢そうな笑顔を見せた。

「ええ、感服だわ。その人柄の悪さに!」


「人柄の悪さね、これからのことですよ。ねぇ、ケン・グライドさん?」

 ウィルフリードの手は後ろから「あの人」の頸を回し、銀色輝く刃をその人の喉にくっつけた。

 探していた「張本人」はこの人なの?

 薄暗い狭い廊下で、ウィルフリードはこのケン・グラードという大男――客船に潜り込んだ「奴隷」を捕まえた。

 ケンの大きい体は小さく震えて、唾液を呑むように喉が動いた。

 ケンの傍にもう一人がいる。姫様に食事を運んだ黒い肌の女だ。

 彼女は口を大きく開いて、声ひとつも出せなかったーー私が片隅で拾った短剣で彼女の喉を指しているのが原因、でしょう。

 ……悪事をするつもりはない。ただ、叫ばせたらこっちは困る。

 それに、本当の悪人にたる男が目の前にいるのに、私を悪人呼ばわれる筋合いはない。

「ロードのところで彼を見ましたよ。出たり入ったりして、言葉も上手です。海賊船でこんなに自由に動ける人は、可哀そうな奴隷のはずがありませんね」

「なんの、つもりだ……?」

 低くて、しわがれた声。

 確かに発音がきれい。

「はい、これをお持てください」

 ウィルフリードは先ほど花火を放った鉄棒をケンに握らせた。

「ご自分のしたこと、ちゃんと責任を持って後始末してくださいね」

「……」

 憎悪そのものの目で、ケンは微笑んでいるウィルフリードを睨みつけた。


「これは……ど、どうした?!」

「お前たち…ウィル先生?」

 ウィルフリードはダガーでケンを抑えて、メイン通りの廊下に入ったら、さっそく何人の野次馬が集まってきた。

「この人です。先ほどこの人は何かの信号を出しました。どこへのものかわからないけど、とにかく、彼を確保しました」

 優雅で平然とした顔で、ウィルフリードは嘘をついた。

「はっ?!」

 海賊たちは驚きと疑問で口を大きく開いた。

「違う、嘘だ、奴は……」

 ケンは弁解しようとしたが、ウィルフリードはダガーに力を入れて、その話を止めた。

「ここでぼっとするよりロード船長に報告しましょう。姫様のことを後にして、こっちの問題を先に解決したほうが賢明です。この人を見逃したら、挽回できないことになるかも知れません」

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