第46話 狩るカモと狩られるカモ
ガヤガヤと人々の喧騒が賑わう。
その一角で同じようなうるささで叫ぶ男がいた。
「んだああああぁぁぁぁ! 負けたああああぁぁぁぁ!」
「ハッハッハ、兄ちゃん随分と弱いな」
場所はカジノ施設のルーレットテーブルの一角。
そこに座っていたリュートは頭を抱えて叫び、その横で一緒にゲームしてる知らない酒飲みのおっさんが笑う。
リュートの顔がしおしおと落ち込んでいくのを見て、おっさんは肩にポンと手を置いた。
「まぁまぁ、こんなことはよくある。むしろ、思い切りが大事なんだって。
そうだ、お前の掛け金を倍にする代わりに俺がゲームしてやるよ」
「それ、俺に対してデメリットしかないんだが」
「そうだな、負けたら俺が全額負担する。だが、勝てば一気に大金持ちだ。
だから、俺が勝った場合にはお前の掛け金の三割を貰うってのはどうだ?」
その言葉にリュートはピクッと反応する。
下がっていた頭を上げれば、おっさんに力強い目を向けた。
「言質は周囲が取った。勝てるんだな?」
「あぁ、俺はここにいて歴は長いからな」
リュートは言葉を信じ、所持金の九割を掛け金として出した。
その行動におっさんはギョッとし、冷や汗をかく。
おっさんはチラッとディーラーを見た。
「やってくれるよな?」
「あ、あぁ、もちろん」
そして、ルーレットが始まった。
他の参加者が赤と黒に掛け金を置いていく中、勝てると意気込んだおっさんだけは数字に置いてピンポイントで賭けに出た。
ルーレットの上で銀色の球がコロコロと転がっていく。
「おいおい、ピンポイントで置くとは思わなかったな」
「言っただろ? 勢いが大事だって」
「まぁ、乗っちまった船だし信じるしかないか」
リュートは大きく伸びをするフリをして、チラッと背後を見た。
リゼの位置を確認したのだ。
すると、彼女は彼女は丁半の会場でゲームをしていた。
緊張しているのか尻尾がピンと伸びている。
直後、尻尾がゆらゆら揺れた。勝ったようだ。
リュートは姿勢を戻すと、おっさんに声をかける。
「そういや、さっきここにいるのは長いって言ってたよな?
なら、ここ最近で入り浸ってる若い男を知らないか?」
「若い男? 知り合いなのか?」
「いや、ある人に紹介されたクチだ。
やっとのことで来たら待ち合わせをしていた場所を変更されててな。
知り合いに尋ねてみれば、どうやらここに顔合わせてるみたいで。
けど、顔がわからないもんで今は遊び半分で探し中」
「名前は?」
「ソウガって人物だ。全くどこにいるんだか」
リュートは出来るだけ自然に見えるようにため息を吐いた。
そんな彼の言葉を聞いたおっさんは一口お酒を飲めば、口を開く。
「あぁ、バリューダ組の若頭か。それなら、この先の高所得者ルームにいるぞ。
ここ最近何度かここに来ていたのを見たから覚えている」
「本当か!?」
「だが、正直あそこはお前のようなよそ者が行く場所じゃないな。
あそこはもっと人間の醜い所が見えるところだし、何よりお前にはそこに向かうための招待状がない」
「招待状?」
リュートが首を傾げれば、おっさんは丁寧に答えてくれた。
「あそこに行くのは少なからずそのルームに行ける人の招待状が必要なんだ。
だが、それは基本横の繋がりでしかやり取りされない。
貧乏人が手に入れるなんざよっぽど気に入られたか、もしくは......」
「カモってか?」
「いや、それより酷いかもな。なんせ――っとこの話は終わりだ」
おっさんはチラッと背後を見た直後、そのような言葉を言った。
まるで誰かを警戒しているような態度に、リュートは何かを察して小声で話しかけた。
「どうした?」
「後ろの二人の黒服いるだろ?」
リュートがチラッと振り返れば、そこには二人組の黒服が人々の合間を縫って歩いている。
瞬間、リュートはすぐにあの二人がただの人間じゃないことを理解した。
「あの二人は?」
「このカジノ施設のスタッフ兼用心棒みたいなものだ。
ここであの二人に捕まれば、すぐさまアンダーグラウンドの奴隷に早変わりだ。
こうして会ったのも何かの縁だ。絶対に目立つようなことはするなよ」
キョロキョロと周りを見ながら歩く二人組の男。
そのうちの一人がリュート達の視線に気づいたのか顔を向けるので、彼らはサッと顔を背けた。
直後、彼らの周りから歓喜と落胆の声が同時に聞こえてきた。
リュートがルーレットに視線を向ければ、すでにゲームの答えが出ていた。
銀色の球は見事おっさんの賭けたブラック14に入っていた。
「おぉ、マジかおっさん! 本当に当てやがった!」
「だろ~? 俺にかかればこんなもんさ。さ、約束の三割を渡しな」
「いや、先ほどの情報量を噛みして四割にするよ。これは感謝の印だ」
「そうか。それなら、ありがたく貰おうか」
リュートは四割分のチップをおっさんに渡した。
そして、彼はルーレットの席から立った。
「なんだ? もう行くのか?」
「せっかくおっさんのおかげで沢山チップが手に入ったし、別の台もやってみたいんだ」
リュートは背を向ければ、ルーレットから離れた。
彼は右手に持ったチップの入った小袋に視線を移せば、ニヤリと笑う。
思ったより随分と上手くお金が稼げた、と。
「随分気持ち割い顔をしてるわね」
リゼがリュートに細目でもって見つめながら言ってきた。
チラッとリュートが彼女の右手に持つ小袋を見ると、痩せ細っている。
どうやら結果を見る限り負けて帰ってきたようだ。
「丁半はどうだった?」
「ダメね、最初の方は勝てたんだけど、後から負けが増えた。
あれは多分こっちに勝たせて掛け金を増やさせたところで、一気に負けを増やしてお金をぶんどろうって策略ね」
「それに気づくのが遅すぎたってわけか」
「えぇ、だから途中で逃げてきた。ただまぁ、もともとの掛け金を少なくしていたおかげでもとの金額よりもちょっと減っただけですんだわ」
リゼが腕を組み、辟易した様子で言った。
どうやら彼女はこの施設における怖い仕組みの一端に気付いてしまったようだ。
彼女の賭け事嫌いは拍車を増しただろう。
「負けた私に比べてあんたは随分と金持ちになったようじゃない」
「丁度いいカモがいたからな」
「あの男の人に賭けさせておいてカモってどういう意味よ?」
「聞こえてたのか。このうるささの中で」
「あんたの賭け狂いを止めるために聞き耳立ててただけよ。
これぐらい獣人の聴覚なら問題ないわ。それでさっきのはどういう意味?」
リュートの言葉に興味津々のリゼ。
リュートは答えることを約束すると、賭け事のすぐそばにあるバーの席まで移動した。
二人がそこにすわれば、彼は口火を切る。
「前提として先に言っておけば、あのおっさんはディーラーとグルだ」
「そうなの?」
「あぁ、俺との話の時に一回ディーラーの方に確認取ったからな。
その瞬間、このルーレットはおっさんの匙加減で結果が決まると確信した」
その言葉にリゼは「そうなんだ」ととりあえず頷いた。
とはいえ、それではリュートがおっさんを“カモ”と言ったことに対して説明がつかない。
「で、あんたの言葉の意味は?」
「それはあのおっさんが俺に話しかけた時点でカモなのさ。
自慢じゃないが俺は賭け事に対しては妙に勝てないことが多い。
だから、発想を転換して勝てる人を探した。
すると、必ずいるもんなんだよ負けてる人に親切に声をかけてくる人が」
「それがあの人ってわけね」
「で、そいつらが声をかける理由の九十九パーセントはカモるためさ。
賭け事に負ける奴は大抵騙されやすい奴って相場が決まってる。
故に、勝てるゲームを教えるという体で近づき、気持ちよく勝たせたところでその後全てを掻っ攫う」
「まさに私がやられた奴」
リゼはその時のゲームを思い出したのか目つきを悪くした。
しかし、過ぎたことに腹を立てても仕方ないと悟ったようで大きくため息を吐いて、リュートの話を促した。
「それであんたは何をしたの?」
「俺がやったとは所持金の半分で負けて、勝てると意気込む人を呼び寄せた。
ま、当然だよな、ディーラーとグルなんだから負けることは無い。
多少何割かをディラーに渡す約束してるとはいえ、必ず勝てるんだから大金持ちになれる」
「けど、それってバレたら不味いわよね?」
「あぁ、カジノによくいる常連客相手にやろうとすれば、お金関連には目の肥えた連中だ。
すぐに不正を暴き出し、おっさんとディラー共々牢獄よりもキツい場所に送られる。
だから、全く不正があるとは考えないゲーム初心者を対象としてるんだ。
そこに俺は成りすましてカモとして潜り込んだ」
「その後は? なんか随分なことしてたようだけど」
「あぁ、掛け金の九割を渡した」
「九割!?」
リュートの言葉にリゼは目を白黒させる。
同時に、彼女の血がサーッと引くのを感じた。
自分の所持金の九割を見ず知らずの人に託す。
正気の沙汰ではないだろう。
青ざめた顔をするリゼに、リュートは「まぁまぁ」と言って言葉を続けた。
「もちろん、俺だって勝率もなくそんな賭け事はしない。
おっさんは俺をカモと踏んで、自分を大きく見せてアピールしてきた。
つまり、あのおっさんは俺から金を稼ごうとしてきたんだ」
「そもそもあの人の狙いは何なの?」
「あのおっさんがしたかったのは、俺に少ない掛け金でもいいから賭けさせて、ディーラーに協力させてインサイドベットの一目賭けをすること。
その配当倍率は三十六倍。仮に一万ドリンを賭けた通して、三十六万。
その三割を要求してきたんだから、金額で言えば十万八千ドリンってところか。
それだけの金額がおっさんからは一銭も賭けずに手に入る」
「待って、それで所持金の九割って......あんた確か持ってたお金の総額って百万ドリンだから......」
リゼは絶句した。
リュートのやったことの大きさに。
彼女は自分では絶対に出来ないと確信したのだ。
「あのおっさんは俺の提示した金額による配当倍率を考え、お金に目を眩んだ結果見事一目賭けをした。
それで増えた金額なら例え三割を持ってかれようと、元の所持金を考えれば痛くもかゆくもない。
ま、実際には情報量も含めて四割を渡したけどな」
「......」
リゼが俯いて黙っている。
リュートは頬杖を突けば言った。
「もしかして、今更ながら俺という存在が怖くなったか?」
リゼは小さくため息を吐いた。
そして、一切の迷いのない瞳で言った。
「まさか。あんたが怖いわけないに決まってるじゃない。
それに怖くなったなら信頼だって揺らいでるはずでしょ」
リゼは右手の契約紋を見せつけた。
それはリュートと結んだ信頼の証。
それが消えない以上、リゼはリュートを信じているということになる。
その言葉にリュートはホッと胸をなでおろし、頬を綻ばせた。
「ふふっ、随分と面白い話をしてるわね」
その時、リュートの隣の席に座っている水色の髪の女性が話しかけてきた。
整った目鼻立ちに色気を醸し出す微笑。
谷間がくっきり見えるほど大きい旨と、大胆に開いた赤いドレス。
氷の入ったグラスを片手にその女性は言葉を続ける。
「ごめんなさい、ついつい聞こえてしまったから聞いてしまって」
「いえ、どうせもうここでは二度と使えない方法ですから」
「ふふっ、そうなの。なんだか興味が湧いてきちゃった。ねぇ、少し二人でお話ししない?」
大胆に誘ってくる赤いドレスの女性。
その言葉にリゼは尻尾をピンと立てて、目線を豊満な胸に送りながら、警戒心MAXになった。
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