P.151

「ふ……まぁ、慌てるな和輝。別に何も考えてない訳じゃないさ」

 優弥の顔に、わざとらしい程の不敵な笑みが蘇った。

「可愛い後輩の困り事だからな、これでも真剣だ……という事で、差し当たって夏樹ちゃんに迫っている問題を解決しておかなくちゃならない。何だか解るか? はい、じゃあまだ性懲りも無く携帯で検索を掛けている御堂瞬!」

 指名された瞬の手から、驚きと焦りで携帯が滑り落ちそうになる。

 何で判ったんだよ、とか、何見てんだよ、とか言う前に、瞬は問いに対して精一杯頭を捻って考えた。

「え、えーっとぉ!? 夏樹ちゃんは和輝の家に住み込んでるから、その辺りは問題無いだろ……?」

「でも、狭い部屋に男と女……仕切りの一つも欲しいわね」

 まひろが横から口を添える。

 すると、それに付け加えるように舞も飛び込んできた。

「だよね、死角が無いと碌に着替えも出来ないし……あ……っていうか、生活するんだったら服も買わないと! 流石にそのワンピース一着だったら洗濯も出来ないじゃん!」

「こりゃ、和輝のクローゼットがパンパンになるな。倍くらいには増えるんじゃね?」

「倍って言ったら服の前にご飯よ。着回せる物と違って消費が激しいんだから」

「つまりぃ……?」

 夏樹が首を傾げながら四人の問答の先を求めた。

 そんな夏樹に舞は挙手して「自分、答えます!」と言わんばかりに優弥の方へも向いてアピールする。

 舞の辿り着いた、目下の問題とは。

「夏樹ちゃんの衣・食・住!」

「正解!」

「不正解だよ馬鹿! 何で一緒に住む前提になってんだ!」

 舞に賞賛の眼差しと人差し指を向ける優弥、に間髪入れずに和輝が怒鳴る。

 真剣だと言うからちょっとは期待していたのに、解決どころか泥沼一直線ではないか。

 夏樹の寝床だってほぼほぼ勝手に陣取られただけだ。それを住んでると誤解されては困る。の、だが。

「あら、じゃあ相田君。この子をまた井戸に置いてくつもり?」

「ぐっ……!」

 こう言われては立つ瀬が無くなるのもまた事実。甲斐性無しとでも思われそうだ。

 というより、何で皆してあっちの味方なんだ。困ってるのはこっちの方だぞ。

 当の夏樹はそんな話題に関係無く、飛び交う皆の声を聞いては笑っている。

 瞬の悪ふざけに。

 優弥の余裕有る悪ノリに。

 舞の活発な言動に。

 まひろの冷静な話の切り込みに。

 情に絆されかけたとはいえ、先程の夏樹の言葉が嘘だとは思えない。

 俯いた顔に現れた哀しさは本物だった。そう思うのもまた、絆されたからなのだろうか。

 だから嫌だったのだ。情に流されたら除霊なんて益々言い辛いじゃないか。

 あの井戸が陰だとすれば、ここは日向。

 そんな所を好む幽霊なんて和輝は聞いた事が無い。幽霊といえば陰湿な場所で人を驚かす存在と和輝は思っていて、こんなビックリ箱みたいな奴なんて想定していなかった。『友達を作る』だってあの世に引きずり込むのではなく、夏樹の方から日向の中へ赴いて来る。他の四人だって、自分達があの世に連れていかれる想像なんて少しもしてはいないんじゃないだろうか。

 それもこれも、この奇妙奇天烈な幽霊の言動あってこそなのだが。

「ま……こんな奴らでも良いって言うならさ」

 気付けば、和輝は口から言葉を零していた。

 目線は人の家で騒ぎ立てる四人に。声は隣の少女に。

「友達でも良いんじゃね? 取り敢えず、暇はしなくなるだろ……この面子はさ」

「それって……!」

 やや肯定的に捉え過ぎな気もする。だが、敢えて和輝は頷いた。今、夏樹が期待している事を受け入れる為に頷いたのだ。

「あぁ、良いよ。居ても良い。ただ、当面の間だけだからな!」

 離れられる方法が判るまでだ。そう言い直そうとしたが、振り向く前に夏樹の顔が輝いているのが判ってそれ以上は野暮だと口を閉じた。

「あのね、あのね、和輝さん。昨日の夜からずっと言いたかったんですけど」

 夏樹が急に改まる。

 訝し気に見た彼女の顔は、何だか頬が紅潮しているようにも見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る