Day24 ビニールプール
私は慌てて傘立ての中をかき回し、中にある傘を一本一本確認した。やっぱりない。あの傘がなくなっている。
ずっとここに立っていたはずだ。安っぽいプラスチックの持ち手、褪せた赤色。すっかり見慣れてしまったあの傘がない。シューズボックスを開け、その下を覗き込み、玄関中を探したけれど、やっぱり見当たらない。
少なくとも今朝、起きて一階に下りてきたときにはあった。これから占い師が来るのだからと自分を奮い立たせながら、傘立てに視線を送った記憶がある。なくなっていれば気づいたはずだ。
何にせよ傘がなくなったのならよかった――などという考えは、私の頭にはなかった。あれが勝手になくなるものか。そんなに簡単に解決するはずがない。
まだこの家の中にあるはずだ。
そんな確信があった。
「お母さん」
いつの間にか息子が後ろに立っていた。「どうしたの? 顔色が悪いよ」
そういうあなたも酷い顔色してる、と思いながら「傘がないの」と答えた。息子はぎゅっと眉をひそめて「そこの傘立てにない?」と尋ねる。
「うん。ない」
「……どこに行ったんだろ」
この子もまた「なくなったならいいや」などと考えてはいないらしい。
「お母さん、家の中じゃないかと思う」
素直にそう言うと、息子も「うん」とうなずいた。
家の中。自分の口から出した言葉なのに、それが怖ろしかった。
あの傘は今まで玄関にあった。扉の内側ではあるけれど、それでもここはまだ土足のスペースで、家に完全に上がり込まれたわけじゃない。家の中だけど他の場所とは少し違う。言うなれば中と外との境界に、あれは留まっていたのだ。
でも、今はもう違う。もうすでに家の中に上がり込まれているのかもしれない。
そう考えるだけで鳥肌が立った。
「どうしよう」
息子が不安げに呟いた。私は震える手でこぶしを握った。勇気がほしかった。
「とにかく、探そう。わからないままにしておけない」
息子は私の顔を見上げた。それから「うん」と頷いた。そのとき、
「ねーねー、お母さぁん」
思いがけず明るい声が飛び込んできた。
娘だ。Tシャツにハーフパンツのラフな姿、そして相変わらず水の入ったバケツを持って立っている。
「ねえお母さん、ビニールプール知らない? うちにあったよね?」
「ビニールプール?」
確か、娘や息子が小さい頃に使ったものが、まだ庭の物置にあったはずだ。青い縁で黄色いアヒルの絵が――なんて、そんなことを考えている場合ではない。
「ビニールプールなんてどうするのよ?」
私が聞き返すと、娘は呑気な顔で「部屋に置くの」とあっさり答える。
「すっごい水が漏れてるところがあるのね。バケツだとすぐいっぱいになりそうだから、もっと大きいのがないかなって思って」
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