番外編 毒研究の遠征は波乱の予感(2)

「では、私はここでお待ちしておりますので、何かあれば声をかけてくださいませ」

「ああ、わかった」


 小さな港に停まった船の船長がエリーヌとアンリに頭を下げた。

 そう大きな船ではないが、王国所有の船とあってそこらの船よりは大きく作られている。

 エリカリア島に到着したエリーヌとアンリは、船長に挨拶をして島の内部へと足を踏み入れていった。


「国王が手配してくださった船とあって、揺れもなくとても快適でしたね」

「エリーヌは船に乗ったことあるの?」

「ええ、舞台公演の遠征で何度か」

「エリーヌ、かっこいい……」

「へっ!?」


 突然の夫の誉め言葉にエリーヌは頬に手を当てて目をきょろきょろさせた。


(うわっ!!! エリーヌ照れてる!!! 可愛すぎ可愛すぎ可愛すぎ!!!!!)


 ふにゃ~とした顔になったアンリにエリーヌは口を尖らせて抗議する。


「もう、アンリ様。また変なことをお考えでしょう?」

「へ、へ、変なこと!? そんなこと考えてないよ! エリーヌを抱きしめてふにゅっとした体を触りたいとかそんな……あ……」


 その瞬間、制裁の音が島に大きく鳴り響いた──。



「それにしても、ここは古びた島ですね」

「ああ、そのようだな」


 手のひらの跡を頬につけたアンリが、エリーヌに返事をする。

 島を見渡してみると、遺跡のようなものが多く見受けられた。

 エリーヌは遺跡の一つに近づいて興味深く眺める。


「これは、メイシュード時代のものに似ていますね。でもちょっと異国の雰囲気が混ざっています」

「メイシュードというと200年前くらいのものか、これは……砦の一部のようだな」


 エリーヌはすぐ近くにあった遺物を指さしてアンリに声をかける。


「ここに城壁のあった跡がありますね、ずっとあちらまで続いているようです」


 遺跡や遺物を確認して研究を進めていくエリーヌに、アンリは驚く。


「メイシュードなんてよく知っていたな」

「舞台公演で各地方を巡る時にいろいろ勉強していたんです。ほんの少しですが……」

「いや、十分だ。王族でもメイシュード時代に詳しいものはさほどいない。さすがだな」


 二人で遺跡の跡を追いながら島の中部に向かっていく。

 段々草木が生い茂っており、数十年人の手が入っていないことが見て取れる。


「そろそろだと思うんだが……」


 アンリは自邸の本棚で見つけた本のページを見ながら進んでいく。

 島の中心部に毒草の生息地があると記載があり、その記述を頼りに二人は歩いていた。


「エリーヌ。とりあえず毒草や危険な生物はいなさそうだけど、足元に気をつけてね」

「はい、ありがとうございます。アンリ様」


 アンリは少し背の高くなってきた草をかき分けながら道を作り、その後ろをエリーヌがついていく。


「わっ!」


 突然、足を止めたアンリの背にぶつかってしまい、エリーヌは顔を撫でる。


「どうか、なさいましたか? アンリ様」

「ここ、来たことがある気がするな」

「え?」


 アンリの後ろから顔を覗かせるようにしてエリーヌは前を見た。

 すると、そこには少し小さめの館があった。


「お屋敷……?」

「ああ、もしかしたら私とルイスはここに来たことがあるかもしれない」


 そう言いながら館の側面に回り込むと、どんどんと裏手のほうへと向かっていく。

 エリーヌもアンリに置いていかれないように小走りでついて行った。


「ここは……」


 エリーヌの目の前には広い庭が広がっていた。

 もう手入れがされていないため、草花が多く茂っており、そこにテラス席のようなものがあるが椅子やテーブルは雨風にさらされて錆びている。

 アンリは何かを見つけたように庭の先の方へと向かっていく。


「アンリ様?」


 エリーヌも後を追うと、アンリはその場でしゃがみ込んでじっとある草を見つけていた。

 その草に、彼女も見覚えがあった。


「ケリス草……!」


 アンリはその毒草を見ながら呟いた。


「ルイスの目から色が失われた日、私たちが来ていたのはこの屋敷だった」


 ケリス草は風に吹かれて少し揺れていた──。

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