閑話 DとRの密会④

 男と女はいつも通りに柱に背を預けている。


「お二人は何事もありませんでしたか?」

「はい、エリーヌ様がルイス様に……」

「私も驚きました。ルイス様はエリーヌ様を受け入れたのですね」

「はい、食事をお持ちした際に少し話した感じだと、かなり信頼されている様子でした」

「さすがエリーヌ様でございますわ」

「あの方は自然と心をほぐす。そんな力があるように思います」


 女はちらりと見えない彼に視線を送ると、少し笑った。


「あなたも絆されたのでは?」

「言い方がよくないですね。私はアンリ様の側近として信頼しているだけで」

「わかりましたよ。でも、エリーヌ様といると癒されます。真っすぐででもどこか」

「ええ、そうですね。彼女はふと寂しそうな表情をお見せになる」


 女は胸元からあるものを取り出すと、それを愛おしそうに見つめながらいいました。


「……ありがとうございました」

「あの方はご息災でしたか?」

「はい、フェリシー様は少しほっそりなさっていましたが、だいぶ落ち着かれたようでした」

「療養を理由にブランシェ家を実質追い出された……彼女は恨んでいましたか?」


 女は彼女のもとを訪問した時のことを思い出す。

 エマニュエル家領から馬車で2日かけて向かったその伯爵領で、彼女──フェリシーにあった。

 フェリシーはベッドからゆっくりと起き上がると、そのまま女に抱き着いた。


『ロザリア……来てくれたの』

『奥様、ご無沙汰しております』

『ううん、ベルナールとクロエの元に仕えてるっていってたけど……二人は……』

『はい、5年前に……』

『聞いているわ。私は惜しい友人たちを失くしたの。なかなか立ち直れなかったわ』

『はい、奥様……』


 女はフェリシーとの会話を思い出して目を閉じる。

 彼女が両手で顔を覆って涙を流している姿が思い出された。


「フェリシー様は、これを二人の墓前に供えてほしいと」


 女は男に持っていた押し花の栞を渡す。


「あなたからそれは供えてください」

「ですが……」

「あなたからのほうが喜びますよ。きっと」


 女は少し思案した後で差し出した手を引く。

 もう一度大事そうに胸元にしまうと、両手をあてて祈りをこめた。

 フェリシーに言われた最後の会話を思い出す。



『ロザリア、私のことはエリーヌには死んだといってちょうだい』

『──っ! ですが、エリーヌ様はずっとあなたを心配なさっておいでです』

『ふふ、この場所も教えなくていいわ。ねえ、ロザリア』

『はい、奥様』

『あの子は今、幸せ?』



 女はその言葉を思い出して、男に問いかける。


「エリーヌ様は、今、幸せなのでしょうか?」

「私にはわかりかねます」


 ふっと女は笑うと、男に再度問いかけた。


「フェリシー様のご実家には?」

「ええ、もう没落なさった後に王国によって整地された状態でした。クロエ様とフェリシー様がお茶をした場所もおそらくは。ただ、倉庫を整理していたら、これが出てきました」


 女は古い手紙のようなものを受け取る。

 宛名には「深愛なるクロエ」と書かれていた。


 もう劣化で封筒が薄くなり、中身がうっすらと見えた。


「──っ!!」

「気づきましたか?」

「はい、あのお二人がご結婚されたのは、運命だったのです」



『クロエへ


 先日はうちの家へ来てくれてありがとう。

 私も久々にエリーヌを連れて里帰りできてよかったわ!

 ああ、そうそう!

 エリーヌがこれをアンリ様に渡してほしいって。

 最近覚えた小さな編み物だけど。よかったらアンリ様に渡してくださる?

 子供のおままごとかもしれないけど、アンリ様と結婚したい!って言ってたわ!

 可愛らしいわね、二人とも。

 今度はエリーヌも連れて、エマニュエル家にお邪魔させてちょうだいね!

 それでは。ベルナール様にもよろしくね。

                 あなたの友人 フェリシー』


 男はそっとその場を去っていく。


「ディルヴァール様っ! このことをアンリ様は!?」

「ご存じないですよ。記憶にはあるのか、それは私にもわかりかねます」


 そういって茂みを抜けて男は去って行った。

 女はその手紙をもう一度見つめて、夜の闇に消えていく──

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