ライラと『私』の物語【年内完結】
GiGi
第一部
プロローグ
プロローグ —始まりの空—
深い、森。
その中に、静かに佇む、小さな神殿。
褐色のエルフの青年は、久しぶりにその神殿を訪れた。
「——妖精王様、おいででしょうか。ダイズです。旅エルフのダイズ、いま、戻ってまいりました」
こぢんまりとした神殿の内部は綺麗に掃除されており、その中央には古びてはいるが、磨き込まれた円卓が鎮座している。彼を神殿内へと迎え入れた妖精王は、
「やあ、ダイズ。おかえり。どうだった、今回の旅は?」
束ねた長い緑髪を揺らしながら問いかける男性に、旅エルフのダイズは恭しく頭を下げた。
「はい。土産話になればと思い、大陸の方まで足を伸ばしました。それではお時間が許されるのであればこのダイズ、僭越ながら今回の旅について——」
「……待て、待て。僕ら、千年にもわたる付き合いだろう? 堅苦しいのはナシだ。もっと気楽にしてくれ」
心底困った顔を浮かべ、妖精王は深い息を吐く。この種族は、いつもこうだ。過剰というか、大袈裟というか——
その彼の言葉を受けたダイズは、涼やかな笑みを浮かべて頭を上げた。
「では、お言葉に甘えて。今回の旅も、非常に素晴らしいものになりました——」
彼の旅の話は、尽きることなく続いた。相づちを打ちながら、妖精王は興味深そうに話に聞き入る。
すっかり夜も遅くなってしまった。話の切れ間を見て、妖精王はカラになっているカップに目をやる。
「紅茶でいいかな? 酒でもいいよ。今日は泊まっていくんだろう?」
「ありがたいお言葉、感謝いたします。しかしこのあと集落を巡る予定のため、あと一杯ほどいただいたら退散しようと思います」
「そうか。それは仕方ないな」
妖精王がテーブルに手をかざすと、そこには瞬く間に湯気の立ち昇る紅茶が現れた。
それをダイズに差し出しながら、妖精王は、問う。
「……それで、どうだった、『魔法国』の様子は?」
「……あそこは話に聞こえてくる通り、完全に滅んでおりました。二十年ほど前に見舞われたという、『厄災』によって」
「……ふむ」
妖精王は眉をしかめながら考え込む。その彼にダイズはおずおずと申し出た。
「妖精王様。その二十年前に起こったという『厄災』と、千年前に起こった『大厄災』。何か関係があるのでしょうか?」
妖精王の眉が、ピクリと動く。そして彼は沈黙をした。その様子を見たダイズは息を吐き、話題を変えた。
「……それにしても、千年ですか。
「……そうだね。あの頃の君は、まだ少年だった。その少年が、今ではどこにでも旅ができる屈強の戦士になるなんてね。君たちの種族の中で、最強なんじゃないか?」
「いえいえ、私などまだまだです。この森にはレザリアがいる。彼女がいるから私も、安心して旅ができるというものです」
「はは、レザリアね……」
苦笑いを浮かべる妖精王を見て、ダイズの口元も緩む。そして彼は、改めて恭しく礼をした。
「ありがとうございます、妖精王様。あなたがいたから千年前の『大厄災』の時に、私たち種族、そしてこの森も救われ——」
「——やめてくれ」
静寂。冷たく放たれた妖精王の言葉に、沈黙が訪れる。
細目を丸くするダイズを他所に、妖精王の脳裏にあの時の記憶が蘇る——
——目の前の結界を、血の涙を流しながら拳で打ちつけている、『元の世界』では軍人だった、友人の彼。
——その結界の先には、純白のドレスを血で黒く染めている、友人の大切な少女。
——そして、全ての元凶である、奴のほくそ笑む姿が——
「——……妖精王様?」
ダイズの言葉に、妖精王は思考を引き戻される。
「……すまない。ダイズ、お願いがあるんだ」
「はい、なんなりと」
かしこまるダイズを真っ直ぐに見ながら、妖精王は囁くようにつぶやいた。
「——『魔法国』跡地には、もう、近づくな。どうにも嫌な予感がするんだ」
その後、会話を終えた二人は、神殿から表に出た。
「申し訳ありません、妖精王様。わざわざお見送りまでしていただけるとは……」
「はは、気にするな、玄関先だ。それに、千年来の友人を見送るのは当然だろう?」
「ハッ、勿体なきお言葉——」
そのような会話をしている時だった。
二人は、異変に、気づく。
「……妖精王様。あれは何でしょうか……?」
「……わからない。いや、あれは『穴』か……?」
神殿から遠く、南西の夜空に『白い穴』が現れた。
妖精王は、息をするのも忘れて、その『穴』に見入る。
(……あれは……いや、僕がこの世界に来る時に吸い込まれたのは、『黒い穴』だ。もし、黒が飲み込む『穴』だとすると……)
——彼らは、まだ、気づかない。
その『白い穴』から放出され、ゆっくりと地上に降りてくる人物。
やがて世界の『運命』をも左右することになる、日本からの『転移者』——
——今はただの女子高生、『
数奇な運命に立ち向かう者たちの物語は、今、幕を開ける。
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