禊 08 —満天の星々の下—






 名前を呼ばれてしまったエヌ・エー——アルフレードは、険しい表情でリョウカに近づいていく。


 そしてリョウカに対峙し、面白くなさそうに口を開いた。


「……僕のことを知っているとは、君は何者かな」


『——失礼、必要なことなのでね。まあ、後で彼や彼女達に聞いてみるといい』


 そう言ってリョウカは『厄災』達を見渡した。アルフレードもつられて視線を向ける。マルテディの肩の上に乗っている小さなルネディが、ゆっくり頷いた。


 息を吐いたアルフレードが再び視線を戻すと、何やら地面に気配を感じる。彼が目線を下にやると、腕まで再生を終えたジョヴェディがじりじりと足元まで這い寄ってきていた。


 思わず一歩後ずさるアルフレード。


 しかしジョヴェディは構わず追いすがる。


「……あなたが……あなたが魔法を作り出せるという、あの、アルフレード卿……」


「……分かった、分かったから、その名を今は呼ばないでくれ……」


 ほとほと困り果てた顔を浮かべるアルフレード。リョウカは肩を揺らして、ジョヴェディに語りかけた。


『——どうだい、世界は不思議に満ち溢れているだろう? これでもまだ、君は死にたいと思っているのかい?』


「……ジョヴお爺ちゃん」


 ライラも心配そうな顔でジョヴェディを見つめる。


 ジョヴェディは目を瞑り少し思案していたが、やがて口元を緩めた。


「……フン。貴様のせいで、色々と欲が出てきてしまったではないか……。ひとつ教えてくれ。何故、こうまでしてワシを生かそうとする」


 その問いにリョウカは、空に視線をやり、答えた。


『——ここで君が死ぬと、世界は『赤い世界』への道を辿ることになってしまうからね。ただ、それだけさ——』











 こうして、長い戦いにもようやく決着がついた。



 ——『厄災』ジョヴェディ。世界最高峰の魔術師。



 その彼の身柄は、最強の三つ星冒険者リョウカが預かることとなった。


 それぞれ思うところはあれど、何しろあのリョウカが引き受けるというのだ。


 ——どんな詠唱よりも速く相手のふところに潜り込める、あのリョウカが。ジョヴェディも大人しくせざるを得ないだろう。


 莉奈達は一旦、ジルの村へと戻ることになった。そこで今後の方針を話し合う予定だ。






 そして今、再生を終え立ち尽くしているジョヴェディの元に、ライラが近づいていく。


「ジョヴお爺ちゃん、また今度、いっぱい教えてね!」


 そんなライラを、ジョヴェディは優しい目で見つめた。


「……フン。次があったらな——」


 ジョヴェディは優しく、ライラの頭に手を置く。


「——だから、精進せよライラ。お主は必ず、生きるんじゃぞ」


「……うん! ジョヴお爺ちゃんも、それまで元気でね!」


「……ワシは『厄災』じゃ。元気も何もない。だが……」


 ジョヴェディは小声でつぶやいた。


「……こういうのも、悪くないもんじゃのう」


「ん? なんか言った?」


「……何でもない。皆が待っとる。早よう行け」


「うん、じゃあねえー!」


 元気に駆け出すライラの背中を見送るジョヴェディ。


 彼女達は去って行く。互いに死力を尽くしたこの地から。


 彼は息を吐き、未だ残っているマルテディに声をかけた。


「すまんかったのう、娘ら。お主らは行かんのか?」


 その彼の変わりように、ルネディはクスクスと笑う。


「あら。随分といい顔するようになったじゃない。まるで別人ね」


「……フン。今更気づいただけじゃ。彼奴きゃつらのおかげでのう」


「なにを気づいたの? ジョヴェディちゃん」


 メルコレディがマルテディの手のひらの上でうつ伏せになり、足をパタパタさせながら聞き返す。ジョヴェディは姿の見えなくなった彼らの方を見て呟くように言った。


「肉弾戦は言わずもがな、頭脳ではあの青髪が上だし、光弾はあの優男の方が凄かった。ハーフエルフのすばしこさ、東の魔女の魔道具の取捨選択、燕の空を飛ぶ技術、それに——」


 ジョヴェディはマルテディを目を細めて見つめる。


「——お前さんの『厄災』の力。お前さんがいなければ、楽に勝てたのにのう」


「……え! 私は相性が良かっただけで……」


 顔を赤らめ物陰に隠れようとするマルテディ。しまった、ここは更地だ。


「まあ、ワシが得意なのは魔法だけじゃ。それぞれの分野では、ワシはかなわん。その者達が力を合わせ、ワシに完勝したんじゃ。彼らは、彼女らは、『美しい』」


 ジョヴェディは虚空を見つめる。その視線の先には、星が瞬き始めていた。


 ルネディも空を見上げながら、頬を緩め答えた。


「ふうん、そ。まあ、分からなくもないわ。じゃあ、私達はそろそろ行くわね」


「……あの者たちの元へか?」


「そうしたいのは山々だけどね。あなたのせいで、腐毒花をまた何とかしなくちゃならないから」


 そう、季節はもう真夏とも呼べる時期。今回の騒動で、せっかく凍らせて回った腐毒花も溶けかけているだろう。


 だが、それを聞いたジョヴェディは鼻を鳴らした。


「フン。ならお主らは心配せんでいい。元はワシのまいた種じゃ。ワシが燃やして回ってやる」


 それを聞いた『厄災』達は目を丸くする。彼からそんな言葉が出るなんて——。


 ジョヴェディは振り返り、リョウカに声をかけた。


「……リョウカ、と呼んだ方がええかのう。別に構わんじゃろ?」


『——それは助かるな。宜しく頼むよ、ジョヴェディ』


「ああ、すまんな。ただ、お願いじゃ。それが終わったら、アルフレードに会わせてくれ」


『——はは、勿論さ』


 リョウカはジョヴェディに頷く。そのやり取りを見たルネディは、優しく微笑んだ。


「それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかしら。私達はリナの所に行くわ。ご機嫌よう、ジョヴ爺」


「じゃあね、ジョヴお爺ちゃん!」


「あっ、それでは、ジョヴお爺さん!」


「……なっ」


 その呼ばれ方に困惑して固まってしまうジョヴェディを置いて、『厄災』達は莉奈達の帰る村へと向かう。


 ジョヴェディはため息をついて、肩を落とした。


 リョウカが彼の肩に手を置く。


『——じゃあ私達も行こうか、ジョヴ爺』


「……ぐっ、お主まで——!」




 そう漏らす彼の口元は、人知れず緩んでいた。



『厄災』ジョヴェディ。力を求め、力に溺れた彼の姿はもうない。


 満天の星々の下、彼はリョウカと共に歩き出すのであった。






 ——そう、『赤い世界』を、回避するために——。








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お読み頂き、ありがとうございます。


これにて第八章完。エピローグを3部分投稿して、第四部完結となります。


引き続きお楽しみ頂けると幸いです。宜しくお願い致します。


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