冒険者莉奈の苦悩 10 —絡む者—





「——それではこちらがギルドカードになります。続けてクエストの説明を——」


 クロッサさんが私達にギルドカードを渡そうとした、その時だった。男の怒声が響き渡る。


「納得いかねえなぁ! 白い燕だかなんだかしらねえが、ちやほやされて調子に乗ってんじゃねえよ!」


 酒に酔っているであろう男が、私に向かって歩いてくる。あ、これ見た事ある。冒険者ギルドで絡んでくる人だ。私は一種の感動さえ覚える。


 だが、ちやほやされて調子に乗っているとは聞き捨てならない。私の今までの心の声を聞かせてやろうか?


 レザリアが再び剣の柄に手をかける。それはいけないと、私は先んじて男に声を掛けようと一歩踏み出す。


 だが、そんな私達を白い杖が遮った。ライラだ。


「この様なやから、先生が相手するまでもありませんっ、私におまかせくださいっ」


「……あなた、それいつまでやるの?」


 そんな私の声を無視して、ライラは男にてくてくと歩いていく。それを見た男はニタリと笑い、ライラに手を伸ばした。


「お嬢ちゃんはすっこんで——」


 ——バシッ!


 伸ばした男の腕を、ライラは杖で払った。男は手を押さえ、ライラを睨みつける。


「てめえ……」


「おい、そこら辺に……」


「うるせえ!」


 周りの制止する声を、男は遮る。そこで、クロッサさんが助け舟を出した。


「ビラーゴさん。これ以上やるなら冒険者資格を剥奪しますよ」


「……くっ、なら模擬戦だ! 中庭を借りるぜ。それなら文句ないだろ!」


 ビラーゴと呼ばれた男の言葉に、クロッサさんは溜め息をつく。


「分かりました。ただし故意に怪我させた場合は、資格剥奪の対象となる事をお忘れなく」


「分かってるよ」


 ビラーゴさんはライラに向かって親指で扉を指し、そちらの方に向かって歩いて行く。ライラもてくてくと後をついて行った。


「おい、白い燕の愛弟子とビラーゴがやり合うみたいだぜ!」


「ビラーゴって一つ星のか? 見に行こうぜ!」


 なんだか酒場中が盛り上がっている。私はレザリアと顔を見合わせて、困った顔で中庭へと向かうのだった。私達は歩きながら話し合う。


「ライラ、大丈夫でしょうか……」


「うーん。やり過ぎなきゃいいけど……」






 中庭ではライラとビラーゴさんが木刀を持って対峙していた。


 皆が固唾を飲んで見守る中、模擬戦の形式にならって、二人は互いの剣先を打ちつけ合う。始まりの合図だ。


 ビラーゴさんはライラに斬りかかるが、ライラは紙一重で避ける。次の一撃も、その返す一刀も、ライラはひょいひょいと紙一重で避けていく。


 見た目は年端もいかない少女だ。ビラーゴさんもどこか手加減していたのだろう。だが、その余裕も無くなっていく。


 私は思い出す、初めてライラと戦闘訓練をしたあの日を。あの時、私はライラに手も足も出なかった。そう、今のビラーゴさんの様に。


 あれからもライラはどんどんと強くなっていった。最近ではヘザーの剣も当たる事がない。私とヘザーが組んで、どうにか私の空からの奇襲が成功する、といった感じだ。


 ビラーゴさんは酒のせいもあってか、ものの数分で動きが鈍くなった。もう充分だと判断したであろうライラは、遂に反撃に転じる。



 一撃だった。



 相手のみぞおちを的確に木刀の持ち手の方で打ち付ける。呻き声を上げながら地面に倒れ伏すビラーゴさん。巻き上がる歓声。圧勝だった。


 そして勝者となったライラはビラーゴさんの横に座り——


「——『痛みを和らげる魔法』」「——『毒を無くす魔法』」


 ——立て続けに魔法を唱え彼を治療する。すぐに魔法の効果が現れ、痛みと酔いが抜けたビラーゴさんは起き上がり、そしてうな垂れた。


「……くそっ、温情なんかかけやがって……」


 私達は二人の元へと近づいていった。その姿に気づいたビラーゴさんは、私達に漏らす。


「……俺はなあ、頑張って、頑張って、ようやくこの歳で一つ星になれたんだ。それが、アンタはいきなり一つ星スタートときたもんだ。ああ、分かってるよ、ただのやっかみだって。でもなあ、やり切れないんだよ」


「ビラーゴさん……」


 私は、目の前の冒険者の言葉に耳を傾ける。


「来る日も来る日も薬草を集めた。腕っぷしもそれなりに自信がついた。で、ようやく一つ星になれたっていうのに……こんな俺でも頑張ればちゃんと認めてくれる、そう思っていたのに……このザマだ。いきがっちまったな。酒に酔ってたとはいえ、悪かった。周りは俺のした事を許さないだろう。国を救った白い燕に手を出しちまったんだからな。どうやら俺に冒険者は向いてない様だな」


 自嘲気味に笑うビラーゴさん。ん? ちょっと待て。この人、実はいい人か? というか進退問題の話になってる?待て待て待て。責任取れんぞ。


 そこでライラがビラーゴさんに優しく声を掛けた。


「えと、お顔をあげなさい、ビラーゴさん。リ……先生はおゆるしになりますよ。それに、あなたは初めて会った時の先生より、強かった、です。自信をおもちなさい」


 そりゃそうだ。昔の私は剣を握った事もない一介の元女子高生だ。何の慰めにもなっていない。


 ライラは私達にウインクして立ち上がり、観衆の方を向き木刀を斜め下に構える。


 それを見たレザリアはハッと思い立ったかの様に細剣を抜き、ライラの反対側に立った。


 そして、同じ様に剣を構えライラの木刀と交差させる。ビラーゴさんの前にバッテンが出来上がった形だ。何やってんのあなた達。


「聞いての通りです、みなさん。先生の、えーと、かんだいなるごじひ?により、この者は許されました。以降、この件で彼に文句とか言わないように。わかった、りましたか?」


 ライラの言葉に、観客から声が飛ぶ。


「おう、ビラーゴはホントはいい奴なんだ。悪酔いさせねえ様に、俺達も気をつけるよ!」


「うん、よろしくね!」


 観衆の言葉にこころよく手を振って応えるライラ。満足そうに頷くレザリア。何、この茶番。ライラは再びビラーゴさんに声をかける。


「さあ、立ち上がるのです、ビラーゴさん。そして目指すのです。先生という高みをっ!」


 おい、随分と低い高みだな。だがその言葉は、ビラーゴさんの胸を打った様だ。彼は立ち上がりながら言葉を漏らす。


「そっか、そうか……俺も……なれるかなあ、『燕』に……!」


「ええ、きっとなれますよっ!」


 こらこら、無責任な事言うんじゃない。だけど……なんか周りも拍手とかしだしている。この空気には水を差せない。私はフッと遠い目をする——。





 この件をきっかけに、彼、ビラーゴは酒をやめる。そして『白い燕』の素晴らしさを吹聴ふいちょうして回る事になるのだが——それを莉奈が気付くことはない。


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