『厄災』来たりて 08 —影の巨人—






(——不味い、何かする気だ)


 そう感じた誠司は、危険を承知で駆け寄るが遅かった。


 膨れ上がる影。やがて影達はルネディを包み込み、瞬く間に七メートルはあろうかという、影の巨人を形成した。


(何よ、アレ!)


 莉奈は影の巨人に向かって矢を放つ。が、その矢は巨人の鎧に弾かれてしまった。


 諦めずに、二の矢、三の矢も撃ち込むが、結果は同じだ。それを見て、誠司は影の巨人に向かい駆ける。


(実体があるのか……ならば)


 殴りかかる巨人の腕を避け、誠司はその腕を一閃する——が、その攻撃は影をすり抜けてしまった。


(チッ、自在かよ!)


 急ぎ、飛び退く誠司。間一髪、その誠司のいた場所に、巨人の腕が振り下ろされた。その衝撃は、激しい音と共に地面に窪みを作る。


 続け様飛んでくる拳を、誠司は全力で回避する。それを狙ったかの様に、巨人の内部から『暗き刃の魔法』が誠司目掛けて飛んできた。その波状攻撃をかわしきれずに、暗き刃は誠司の身体を切り刻む。


「……くっ!」


 一瞬、動きが止まった誠司に向け、指を組んだ巨人の両腕が振り上げられた。


 だがその誠司を、高速で飛来した白い光が連れ去る。遅れて振り下ろされた両腕は、ズドンと激しい音を立て地面を揺るがした。


 誠司を連れ影の巨人と距離を取った莉奈は、悲痛な声を上げる。


「誠司さん、どうすんのアレ!」


「……さあな。今の所、打つ手なし、だ」


「そんなあ。速い、強い、格好いいって、チートだよチート!」


 こんな場でも軽口を叩こうとする莉奈だったが、その声は震えている。


 確かに、攻撃は弾かれる、かと思えばすり抜ける。そして、その図体に似合わぬ素早い攻撃、そして図体通りの破壊力。お手上げだ。


 ただ、影の巨人に力を使い過ぎているせいか、周りの影達が機能していない事だけが救いである。



「莉奈、離れていなさい」


 巨人が近づいてくる。


 勝機が見えない以上、莉奈を付き合わせる訳にはいかない。後は最悪、ライラを連れてどこか遠くへ逃げてくれればいい。


 だが、莉奈は震える声で言い切る。



「やだよ」


 ——そう、こういう娘なのだ。怖いだろうに。逃げ出したいだろうに。この娘のために生き延びたい。だが、もし死ぬとしたら、順番的に私が先だ。


 誠司は生きる覚悟と死ぬ覚悟を決め、影の巨人に向かって走り出した。


「誠司さん!」


 莉奈は慌てて矢をつがえ、放つ。誠司の振る刀と莉奈の矢が、同時に影の巨人を捉える。


 だが——その攻撃は、両方ともすり抜けてしまった。誠司は急ぎ、離脱する。


 荒れ狂う様に次々と振り下ろされる拳。


 莉奈が牽制の為に矢を放つ。それと同時に誠司もすれ違いざま刀を振るうが、そのどちらもすり抜けてしまう。



 それから幾度となく隙を見て攻撃を入れるが、誠司の刀はすり抜け、莉奈の矢は弾かれ——あるいはすり抜けてしまう。莉奈は小太刀での攻撃も試みるが、駄目だ、近づけない。


 巨人の攻撃は更に激しくなる一方だが、誠司は逃げに主体をおいているので、どうにか躱せていた。


 ふと、誠司が莉奈の方を見ると、彼女はまるでほうけた様に影の巨人を見つめていた。巨人は今、躍起になって誠司を狙っているからいいものの、危険だ。何をやっているのだ。


「莉奈、どうした!」


 莉奈は考える。誠司の刀が当たる時、莉奈の矢もすり抜ける。恐らく、防ぐかすり抜けさせるか、どちらかしか出来ないのだろう。


 有効なのは同時攻撃——莉奈はハッとし、この世界の言葉ではなく『』で叫ぶ。


『誠司さん、同時攻撃! ルネディの魂は何処!? 私じゃ届かない!』


 その言葉を聞き、誠司は逡巡しゅんじゅんする。この戦場の盤面をにらみ——そして、莉奈の考えている事を理解した。誠司も日本語で莉奈に返す。


『そういう事か。ルネディの魂は——肉体は巨人の頭の部分。ちょうど首の部分が一致している。そこを起点として考えればいい。私では届かない場所だ』


『了解! 準備が出来たら合図するから、それまで全力で逃げて!』


 そう言って、莉奈はさらに上空に飛び上がり、矢を放った。






 ルネディは勝利を確信した。


 ——何やら分からない言語で会話していたけど、結局、セイジは逃げるだけ。リナとかいう娘はその魔力量には感心するが、所詮はろくに当たらない矢を必死に撃っているだけだ。どうせなら、逃げればいいのに。そんなに死にたいのかしら?


 ルネディは影の巨人の中で、愚かな人間をあざけり笑う。巨人を硬質化すればあの娘の矢は防げるが、その必要ももはやないだろう。


 誠司の動きに疲れが見え始めている。もうすぐだ。私を殺した人。私に殺される人。せいぜい最期まで足掻あがきなさい——。






 ——そして、その時は来た。莉奈は急降下し、耳に手を当て大声で叫ぶ。


「『——今!』」


 その合図を皮切りに、誠司は影の巨人の懐に飛び込み剣撃を振るう。だがその刃は、思惑通りすり抜けてしまう。振り上げられる拳。


 だが、誠司は続けて二の太刀、三の太刀と振り続ける。まるで、攻撃を喰らう事を恐れていないかの様に。


(いいでしょう、終わりにしてあげるわ!)


 ルネディが歓喜に満ちた表情で拳を振り下ろそうとした、その瞬間ときだった——。



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