そして私は街を駆ける 09 —救出—




 ——ドサッという音と共に、私は床に乱暴に投げ出された。


 途中から目をふさがれてしまったが、ここは街の中の何処どこかで間違いないだろう。


 私は床に突っ伏し「うぅ……」と、うめき声を上げる。まあ実際の所、魔法のおかげで全然痛くないのだが。


 私を運んで来た男は「騒ぐんじゃねえぞ」と言い残し、部屋を出て行く。


 扉の閉まる音を確認し、私はゆっくりと身体を起こした。そして、部屋の様子を確認する。


 連れてこられた時の感じから察していたが、どうやらここは地下にある部屋の様だ。


 部屋には窓はなく、申し訳程度の通気口があるぐらいだ。小さすぎてそこからの脱出は不可能だろう。


 そして、お目当ての人達は——いた。部屋のすみに固まって、私の事をあわれむ様な視線で見ている。


 更に、私は注意深く辺りを観察する。


 監視役の様な者は、どうやら部屋の中にはいなさそうだ。


 攫われたであろう者達は、全部で十人が部屋にいる。全員が全員、私と同じ様に猿ぐつわと後ろ手に手枷てかせをされている。内、エルフさんが三人。


 私は内心で舌打ちをした。さらわれたエルフさんは四人と聞いていたが——どうやら、急いだ方が良さそうだ。


 私はモゾモゾと身体を動かし、後ろ手の間に下半身を通して手を前に持ってくる。こう見えても、身体は柔らかいのだ。


 そして、その手を枷ごと頭の後ろに回し、猿ぐつわを外す——「ぷはっ!」やっと解放された。


 私は、呆気あっけにとられているエルフさん達の元へ近寄って、声を潜めて話す。


「……お姉さん『月の集落』のエルフさん?」


 話しかけられたエルフさんは、コクコクと頷いた。よかった、とりあえずは無事でいてくれて。


「……じゃあ、私のお父さん……セイジって人、分かるよね?」


 エルフさんは大きく目を見開いて、先程よりも大きく何回も頷いた。


 よしよし、これで一安心だ。お膳立てはバッチリ、後はお父さんに任せれば、全てが上手くいくはずだ。


「今からね、お父さんが出てくるから。だから、安心してね。周りの人達も、ね」


 私は、皆に聞こえる程度の声を出し、ウインクをする。それを聞いた者達は、顔を見合わせたり、小首を傾げたりしている。まあ、見れば分かるだろう。


 私は部屋の中央に向かい『子守唄の魔法』の詠唱を始める。あ、そうだ。眠りにつく時に、を意識しなきゃ。


 何も意識しなければ、身につけた物は全て向こう側に持っていってしまう。けど、意識する事で、任意の物を持ち込まない事も可能なのだ。例えば、手枷とか。


 詠唱を終えた私は、眠りにつくまでの間、手枷を持ち込まない事を意識する。手枷を異物として認識するのだ。こうする事で……手枷が……。




 ——光と共に、手枷がゴトッと床に落ちる。


 多くの視線が見守る中、刀と枕をたずさえた男の姿が部屋の中に顕現けんげんした。男は、部屋の様子を見回し、自分の置かれている状況を理解する。



 そして、同時刻『妖精の宿木やどりぎ』。魔法により、深い眠りについていた女性がようやく目を覚ます——。








(……んー、今……何時……)


 私は夢と現実の間で少しまどろんでいたが、ふと嫌な予感がしてガバッと飛び起きた。そして、窓辺に駆け寄りカーテンを開ける。


「……嘘……もう夕方じゃん……」


 おかしい。これでも寝起きはいい方だ。起きなきゃいけない時間には起きられる自信があった。


 もっとも昨日みたいに、レザリアに『子守唄の魔法』を掛けて貰った時などは、話は別だが——って、まさか。


 私は急に思い当たり、部屋を見渡す。ライラの白い杖はある。


 まさかライラ、私に魔法をかけて——いやいや、起きない私にごうを煮やして、もうすでに誠司さんは行ってしまっただけなのかも知れない。駄目だ、思考がまとまらない。


 私は急ぎ部屋を出て階下に降り、受付の若い女性に尋ねる。


「すいません! 白いローブを着た、銀髪の女の子、外に出て行きませんでしたか!?」


「ああ、ええと、あののことかな……出て行きましたよ、朝早くに」


 最悪として思い描いていた通りの答えだ。それを聞いた私は、目の前が真っ暗になり、頭を抱え思わず呻き声を漏らす。


「ライラぁ……」



 ——しくもその呻き声は、とある地下の一室においても同様に発せられていたのである。







「ライラぁ……」


 誠司はこの状況に、頭を抱える。一体、ライラは何をしでかしたのかと。


 結果として、手間を省けた点は幸運ではあるが——もしかしたら、近くに感じる『あの男』が一枚噛んでいるのかも知れない。


 部屋の中には、エルフが三人、街娘らしき者達が七人。少なくとも、この場に攫われたエルフは全員は居ないみたいだ。


 街娘達は警戒し壁際に寄り添っているが、エルフ達三人は誠司に向かい片膝をついている。


 誠司は周りに見張りが居ないのを確認し、エルフ達に声を掛ける。


「こんな時にやめなさい。今、ここに居るのは枕を抱えた、ただの不審な中年男性だ。とりあえず拘束こうそくを外すから、ちょっと待っててくれよ」


 誠司は手際よく、彼女達の猿ぐつわを外していく。そして、服のすそから針金の様なものを取り出し、手枷を外していった。


「——よし。簡単な造りで助かったよ。これで全員かな」


 どうやら助けに来てくれた人らしい、という事は街娘達に理解して貰えた様で、彼女達は若干の安堵した表情を浮かべる。


 そして、一緒に猿ぐつわを外すのを手伝ってくれたエルフ達が、誠司の前に並んだ。


「セイジ様、お久しぶりでございます——」


 そう言って平伏へいふくしようとする三人のエルフを、誠司は止める。


「急ぎで聞きたい事が一つ。私は四人のエルフが攫われたと聞いてやって来た。後の一人は?」


「はい、それが……先程のセイジ様の娘様、でしょうか。その方がいらっしゃる、二十分程前に連れて行かれました。人間の女性二人と共に、です」


 悔しそうに誠司に告げるエルフ。遅かったか。と、誠司は顔をしかめる。だとしたら、一刻の猶予もない。急いで行動しなければ。


「分かった、ありがとう。皆、今からここを脱出する。私の指示に従ってくれ」


 誠司の言葉に、娘達は強く頷き立ち上がる。比較的体力のある者は、衰弱している者に肩を貸したりしている。大丈夫そうだ。


 さて——と言い、誠司は考える。


 ここは地下、扉の外から水の流れる音、そして不快な臭い。下水道で間違いないだろう。


 いざという時の人質の運搬のしやすさから、ここに閉じ込めたのだろうが、それは誠司にとっても同じ事だ。ありがたい。


 誠司は二回、扉を強く蹴る。当然、鍵が掛かっているが、こういうのは開けられる人に開けて貰うのが一番だ。


 予想通り、音を聞きつけた魂が二つ近づいて来た。


 ガチャガチャと音がなり、扉が開く。


「うるせ——」


 男が恫喝どうかつの言葉を発する事が出来たのは、そこまでだった。


 誠司の刀が、男の喉を貫通する。そのまま刀を横に引き抜き、誠司は男の身体を蹴り飛ばした。


 そのあわれな男の亡骸なきがらは、部屋の前を流れる下水の中へと踊る様に落ちていった。


 そして流れる様に、刃をもう一人の男の首元に当てる。


「——え」


 状況の理解が追いつかない男に対し、誠司は男の耳元で質問をする。


「なあ、質問があるんだ。攫われた娘さん、何人か足りない様だが——何処に連れていった?」


 誠司は殺気を放ち、男の魂を屈服させた。恐怖が男を支配する。


「……街の外としか……聞いてない……知らないんだ……本当だ」


 男はうつろな目で、ガタガタと震えながら答える。その答えを聞いた誠司は舌打ちをした。街の外はよくない、追跡が困難になる。


「ご苦労」


 そう言って誠司は、男の首を斬り裂き、下水の中に蹴り入れた。ドプンという音が静かに響く。


 もう少し情報が欲しいのは確かだが、今は急いで地上にいるあの男と合流する必要がある。


 しかし、この状況はあの男の差し金なのか——まあ、直接聞けばいい。誠司は娘達に語りかける。


「君達、私の後を付いて来なさい。百メートル程移動する。誰かが近づいて来る気配はないが、念の為だ。エルフ君たちが殿しんがりを務めてくれ」


 誠司の指示に、娘達は頷く。誠司達は、あの男と合流する為に下水道を静かに駆け出した——。



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