そして私は街を駆ける 07 —発端—





 案内役を買って出るだけあって、アナはとても詳しかった。


 ライラの要望を聞き、ライラを望みの場所へと案内する。食べ物屋、小物屋、景観の良い場所——。


「ねえ、次はどこ行きたい?」


「んとね、お洋服売ってるとこがいい!」


「わかった。それじゃあねえ——」


 ライラの漠然ばくぜんとしたリクエストにも、アナは応える。


 評判のいい店、種類の豊富な店、安さが売りの店。ライラは次から次へと紹介される場所を、余さずメモに書き込んでいく。



 色々なお店を回った。色々な場所を見た。高台に登り『遠くを見る魔法』で街の全景図を眺めたりもした。


 その全てが新鮮で、ライラは表情をクルクル変える。


 そんなライラの驚く顔を見たくて、アナもライラをとっておきの場所に連れ回す——。





 楽しい時間はあっという間だ。気がつけば、陽もだいぶ傾いてきた。


 しまった、とライラは思い出す。これ以上は誠司と莉奈に迷惑がかかる。名残惜しいが、宿に戻らなくてはいけない。


「アナ、ありがと! 私、そろそろ戻らなきゃいけないんだ。見て! こんなにいっぱい埋まったよ!」


 ライラはアナに、びっしりと書き込まれたメモを見せた。


 クレープ屋の部分に一際ひときわ大きく『リナと!』と、目立つ様に書いてある。


 そのあまり珍しくもない名を見て、アナの心に何かが引っかかったが、何だっけ——それはすぐに流れて行ってしまった。


そのメモ帳を見たアナは、ライラに尋ねる。


「ねえ、ライラちゃん。メモしてばっかりで、結局何も買わなかったけど……よかったの?」


 満足して貰えなかったのかな、と少し心配そうなアナの問いかけに、ライラは胸を張って答える。


「あのね、多分明日、私のお姉ちゃんと一緒にお買い物する約束してるの。だから、今日はお買い物は我慢したのです!」


「そうなんだ! あたし、一人っ子だから、そういうのうらやましいなあ」


 アナはライラをひじ小突こづきながら、昔、家に一年程いた赤子の事をふと思い出す。


 もしあの子が妹だったら、あたしも姉妹で買い物とかしたりしていたのだろうか。今も元気でやっているらしいが、どんな子に育っているのかな——。


「大丈夫だよ、アナ、私も一人っ子だから。その内、アナにもお姉ちゃん出来るよ!」


「え? なんて?」


 ライラの言葉が理解出来ず、アナは思わず聞き返してしまう。


 百歩ゆずって、妹ならまだ分かるが——いや、両親の年齢を考えると無理か——お姉ちゃんが出来るってどんな状況だ?


 そんなアナの疑問に答える事なく、少女は駆け出して行く。


「じゃあね、アナ! 今日はほんっとにありがと! 今度会った時にお礼するね! バイバイ!」


 そう言って手を振り、こちらの方を見ながらライラは去っていく。アナも手を振り返しながら、ライラに声をかける。


「あ、ほら、前向かないと危ないよー……もう、あたしもあっちの方角なんだけどな」


 ライラはどんどん遠ざかっていく。そして、その姿がいよいよ見えなくなりそうな、その時だった。


「——あっ! ライラちゃん、危ない!!」


 アナの忠告も届かない程離れた距離で、ライラが人にぶつかる姿が見えた。


 尻餅をつくライラ。相手の人は大丈夫そうだ。だが——ぶつかった拍子ひょうしに、ライラのフードが外れる。


 あらわになる、美しい銀髪、そして長い耳。倒れて座り込む少女を目撃した三つの場所で、それぞれの思いが交錯する——。





 一つ目は、アナだ。


 アナは街を案内する為『遠くを見る魔法』を掛けていたのが功を奏し、その姿をはっきりと視認出来た。


(え……銀髪なのは分かっていたけど……長い耳!? ライラってどこかで聞き覚えが……もしかして……ううん、間違いない!)


 相手の人に助け起こされるライラを見ながら、必死で過去の記憶を呼び覚ます。


 まだ、小さかった頃の記憶なのであやふやだが、あの赤子の名前も、そう、確か——。


「——待って、ライラちゃん!」


 アナは、再び駆け出して行くライラを追いかけた。






 二つ目は、衝突現場だ。


「わあっ! ごめんなさいっ!」


 ライラがぶつかった相手を慌てて見ると、幸いな事に大丈夫な様子だった。というより、ビクともしていない。


 ライラはとりあえず安心し、その人物を見上げる。


 その人物は、ボロボロの赤いロングマントを身にまとい、フードを目深まぶかに被っており、顔がよく見えない。


 その上、口元はマスクで覆われており、長い前髪に目は隠れている。なんとも奇妙な出立いでたちだ。


 だが、その前髪から少し覗く目は、どことなく寂しそうな印象を受けた。


(……見ろ『義足の剣士』だ)


(……ああ、最強と名高い剣士様だ……この街に来ていたのか)


 野次馬達の声が聞こえる。


 それを聞き、ライラが目線を下に移すと、マント越しでも分かる程の長めの太刀たち佩刀はいとうしており、そして彼らの言う通り、明らかに右足は人工物であった。義足だ。


『義足の剣士』と呼ばれた人物は、無言でライラに手を差し出す。


「本当に……ごめんなさい」


 ライラは申し訳なさで、胸がいっぱいだった。相手が大丈夫そうな事だけが、唯一の救いだ。


 ライラは『義足の剣士』の手を取り、立ち上がる。


 細い手だが、力強い。その手の感触はマメだらけで非常にゴツゴツしていた。戦場を駆け抜けたあかしだろうか。だが、暖かい手だった。


 ライラを起こした『義足の剣士』は、身をひるがえし、何も言わずに、カツン、カツンと足音を立て路地裏へと向かって行く。


「待って!」


 ライラは慌てて後を追いかけた。まだ、謝罪もお礼も満足に言えてないのに。


 そして、ライラが『義足の剣士』が入っていった裏路地を曲がると——


「え、いない……」


 ——『義足の剣士』の姿は、消えてなくなっていた。






 三つ目は衝突現場から少し離れた所だ。


 二人の男がドサッという音に反応し、そちらの方を見る。


 そこには銀髪の、耳の長い少女の姿があった。二人の男は、声を潜め話す。


「……なあ、あれ、エルフじゃねえか」


「……ああ、さらっちまうか」


「……だな、エルフは金になる。ボスがご所望だ」


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