月の集落のエルフ達 03 —追憶①—








「——ちょっと、ヘザーさん! 鎌柄さんが死ぬつもりってどういう事なんですか!?」


 あれは莉奈がこちらに来てもうすぐ一年になる、とある冬の晩の事だった。


 ほんの話の弾みで、ライラを解放する為に誠司が死を選択肢に入れている、という事をヘザーは莉奈に話してしまった。


 ——しまった。と思ったが、もう遅い。ヘザーは莉奈を優しくさとす。


「セイジはライラに幸せになって欲しいと。ただその一心で考えているのですよ」


「はあっ!? ばっかじゃないの!? ヘザーさんはそれで良いと思ってるんですか!?」


「それは……」


 ヘザーは言いよどむ。こんなに激昂げきこうしている莉奈を見るのは初めてだ。ヘザーは自分の想いを口にする。


「私は……セイジの意志は尊重したい、です。ただ……それが正しい選択だとは……思いません」


「そうでしょう? そうでしょう!? なあにがライラの幸せよ! 実際ライラに会った事ないから、そんな事言えるんだ!!」


「ちょっと、リナ!」


 歯ぎしりをして涙を浮かべている莉奈を、ヘザーはなだめようとする。が、ヘザーには、今の莉奈に掛ける言葉を持ち合わせていない。


「……わかった。教えてくれてありがとう。私、鎌柄さんと話してきます」


「リナ……」


 そうして莉奈は部屋を出て行った。


 それから莉奈と誠司の間で、どんな話が行われたのかは分からない。ただ、その日を境に、莉奈は今の莉奈となったのだった——。







「——レザリアさん、どうですか、今のリナは」


 ヘザーは、自分の唯一とも言える失言がきっかけで変わってしまった莉奈が、レザリアの目にどんな風に映っているのかと気になり、平静を装いつつも恐る恐るたずねる。


 そんなヘザーの様子には気づく事なく、レザリアは口を開いた。


「私は……昔のリナさんがどんな方なのかは存じません。ただ——」


「——ただ?」


「——ねえ、ねえ。二人で何話してんのー?」


 ヘザーが聞き返した所で、汚れを落とした莉奈が駆け寄ってくる。その明るさはレザリアにはとってもまぶしく映った。


 エルフという他種族にも気さくに接してくれる。そんな莉奈を、レザリアは肩から抱きしめた。


「——私は、リナと……もっと仲良くなりたいです」


 エルフの抱擁ほうようは親愛の証だ、と莉奈は教わった事がある。


「え、えー!? 突然どうしたのレザリア。いや、私もレザリアと仲良くなりたいけどさ!」


「じゃあ私達、友達ですね!」


 レザリアは、満面の笑顔で莉奈を抱擁から解放した。突然の不意打ちに顔を赤くした莉奈は、しどろもどろで答える。


「ふ、不束者ふつつかものですが、宜しくお願いします……!」


 こうして、ライラ達を家族とするならば、莉奈にとって異世界で初めての友達が出来たのだった。







「リナは先程『私なんかでも出来る事がー』とか言ってましたよね?」


「え? うん、言ったね。私でも役に立てるのが嬉しいというか何というか」


 再び集落へと向かう一行は、今は莉奈とレザリアが和気藹々わきあいあいと先頭を歩いている。向こうの世界の事、エルフの事、話は尽きない。


 今は、先程の戦闘についての話をしていた。そんな二人のやり取りを、誠司とヘザーが穏やかな顔で眺めながらついて行ってる、という具合である。


「リナ。例えば地上で戦う時、何を見て戦いますか?」


「ええと、相手、かな」


 レザリアの漠然ばくぜんとした質問に、莉奈は少し考え込み答える。


「そう。敵が複数いる場合は全体を視野に入れる様に、それが叶わない場合、視野の外の相手は気配や経験による想定で動きを予測したりもします」


「うんうん」と莉奈は相づちを打つ。


「それは高低差も関係ありません。前方か、後方か、はたまた左右か——いずれにせよ、首を向ければ相手を確認する事が出来ます」


 ただ——と言い、レザリアは上空を見上げた。太陽はだいぶ高くまで登っていた。


「——真上だけはどうにもなりません。複数相手にしている時は特に。真上を見上げれば、前後左右、全てが死角になってしまいますから」


 莉奈も釣られて真上を見上げる。後ろにいる誠司達はもちろん、隣にいるレザリアも視界から外れる。


「ほへー」と間抜けな声を上げ、莉奈が視界を戻すと——右にいたはずのレザリアが左側に移動し、莉奈の顔を覗き込んでいた。


「わ、びっくりした!」


「ふふ。この様に、上に気を取られるのは大変危険なんですよ。だから『私なんかでも』とか言わないで下さい。リナという存在がいるだけで、私はとっても心強いです!」 


「えへへー。ありがと、レザリア」


 レザリアの言葉に、莉奈は満更でもない表情を浮かべる。だが莉奈は、とある出来事を思い出した。


「ああ、でもね、レザリア。一回、ヘザーと組んで誠司さん倒そうとした時に真上取ってみた事あるんだけど、全然通用しなかったよ」


 その言葉にレザリアは、ふむ、と少し考え込み——


「いえ。確かにセイジ様はもの凄いお方ですが、流石に真上は目でもついてないと……ああ、そうでした。確かにセイジ様の能力には通用しませんね」


「え。でもあの時『スキルを使うまでもない、存分にかかってきなさい』って——」


 莉奈は誠司の方を振り向く。誠司は慌てて目を背ける。


「おーい、誠司さーん」


「……すまない、莉奈。私のスキルは常時発動型なんだ」


「とうっ!」


 莉奈の飛び蹴りが誠司を襲う。


 こうして巨大蜘蛛の戦闘後は何事もなく、一行は昼前には目的地『月の集落』へと到着したのだった。





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