四年後の莉奈 04 —レザリア—




 部屋の中央、いつもの丸テーブルを囲むように四人は座る。最初から腰掛けていたヘザー、そして空いた席に誠司、莉奈と座っていく。


 そして最後、レザリアが座ったのを合図に誠司は口を開いた。



「——さて、さっそく話を聞きたい所だが、まずは自己紹介だな。こちらの女性がヘザー。色々と家のことを見て貰っている」


 紹介を受けたヘザーが頭を下げる。慌ててレザリアも頭を下げた。続けて誠司は莉奈の方を手で示す。


「そして、このが——」


「私はリナ・カマツカ。よろしくねレザリア!」


「あ、はい!——カマツカ、ということは、もしかしてセイジ様の……」


「おい」


 流れる様に嘘をつく莉奈を、誠司は睨む。


 気持ちは嬉しいが、莉奈には莉奈の人生を歩んで欲しい。いつかこの家を気にする事なく、自由に飛び出していける様に。


「私はリナ。よろしくねレザリア!」


「?……リナさんですね、よろしくお願いします」


 しれっと何事もなかったかの様に笑顔で言い直す莉奈に、レザリアは小首をかしげた。


「莉奈はね、何年前だったかな——私と同じ世界からやって来たんだ。それからこの家で暮らしている」


「ああ、そういう事でしたか!」


 その言葉を聞き、レザリアはに落ちた様だ。


「では、セイジ様のご家族という事ですね」


「ん……? ああ、まあ、そうだな。そういう事になるな」


 家で共に暮らす者を『家族』と称するなら、莉奈はもう立派な家族だろう。


 思うところはあれど、話も進まなくなるので誠司はレザリアに同調する。


 莉奈は莉奈で表情こそ崩さないものの、先程までは『誠司さんのケチ!』と心の中で悪態をついていた。だが今はテーブルの下でガッツポーズをしている。



「では、本題に入ろう。レザリア君、私達にお願い事とは何かあったのかい?」


 ここからレザリアの集落までは、近いとは言っても徒歩だと結構な距離がある。


 その距離をこんな時間になるまでレザリアは歩いて来た。日を改める余裕がないという事だ——きっと穏やかな話ではないだろう、と誠司は思う。


「はい。私達の集落のエルフが……全員いなくなりました」




 レザリアの住処である『月の集落』に定住しているエルフはそんなに多くない。誠司が昔、訪れた時は、十数人程度だったと記憶している。


 エルフは種族の特性として、過剰な集団を作らない。


 自然と共に生きる彼らは、広大な森で一箇所に集中して暮らすよりも分散して生活する道を選んだのだ。人数が増える程、その地域の自然は失われてゆく、それを嫌った形だ。


 ——そんな彼女の集落のエルフが、全員いなくなった。何があったのか。


「いなくなった、とはどういう事かな」


「はい。順を追って説明します」


 レザリアは目を閉じ、語り始めた。


「私はお使いで、この森の妖精王様の所に行っておりました。集落を出たのは三日程前のことです。その用事も終わり、今日の昼過ぎ頃に集落へと戻ったのですが……集落には誰もいませんでした」


「誰もいない——か。何か痕跡こんせきとかあったかい?争った跡のような」


 誠司は様々な可能性を考える。レザリアは当時の情景を正確に思い出そうとした。


「争った跡——と言っていいものかは分かりませんが、少し荒れた印象がありました」


 その言葉を聞き、誠司は眉をひそめる。


 真っ先に思い当たるのは『人身売買』の件だが、何しろ全員いなくなってるのだ。短絡的に決めつけるのはよくない。


「そうか。すまない、続けてくれ」


「はい。その状況で私一人でどうしていいかわからず……その時思い出したのがエリス様のお言葉です。困った事があったらこの家を訪ねる様にと。それで私はエリス様から教えられた記憶を頼りに、こちらの『魔女の家』へと向かうことにしました」


「なるほど。かなり昔のことだがよく覚えていたね」


「私達を助けて頂いたうえにあのお言葉、忘れる訳がありません。ただ、結界が張ってあるということなので、私達は万一を考えこの家の場所は文面には残しておりません。全て記憶頼りでしたので……本当にたどり着けるかどうかは不安でした」


 なるほど、もし書面に残して誰かの手に渡ったら面倒くさい事になるかもしれない。誠司はエルフ達の危機管理に感服した。


「それでも順調でした。エリス様の言われた通りならもう少しで辿り着くと。ところがその時です、暴漢に襲われたのは。私はきっと跡をつけられていたのでしょう。この家の近くまで来るまで気付かないなんて……。もしかしたら私の軽率な行動で、セイジ様達にとんでもないご迷惑をおかけしてしまうのかも知れません……」


 再びレザリアから、スンと鼻をすする音が聞こえてくる。悪いとは思いつつも思わず吹き出しそうになる莉奈を、誠司はジロリと睨む。莉奈は慌てて顔を背けた。


「まあ、レザリア君。その暴漢の件に関しては大丈夫だ。問題ない。頼むから気にしないでくれ」


「セイジ様はお優しいんですね。私達を救ってくださったあの時の様に」


 必死になって誤魔化す誠司を、レザリアは優しさと受け止める。いたたまれなくなった誠司は、話題を変える意味でも自分の中で出た結論を話す。


「では、そうだな。正直レザリア君の話だけでは何が起こったのか分からない。実際にこの目で見てみないとな。それを調べる為に夜明けと共にレザリア君の集落へ行く。ここにいる全員でな」


「え! よろしいのですか!?」


 レザリアは驚く。全く期待していなかったといえば嘘になるが、何か知恵を授けて頂ければ程度の気持ちだったからだ。


 そして、その横では莉奈も驚いていた。保守的だと思っていた誠司が、あっさりと即断したからだ。


 誠司はその様子を気にする事なく今後の方針を打ち出す。


「ああ。まずはレザリア君、歩き詰めで疲れただろう。部屋を用意するので夜明けまで休むといい。ヘザー、部屋の用意を頼む。そして彼女に何か食べるものを」


 その言葉を聞き、ヘザーは立ち上がり「夜明けまではあっという間です。どうぞこちらへ」とレザリアを招き部屋を後にする。


「あ、ありがとうございます! 宜しくお願いします!」


 そう言ってレザリアは誠司達に向かって一礼し、ヘザーの後を追いかけた。


「そして莉奈、君も夜明けまでしっかり睡眠をとってくれ。ああ、あと寝る前にそこにあるライラの服を持って私の部屋に来る様に」


「うん、わかった。変なことしないでね」


 そう軽口を叩きながら、莉奈も立ち上がった。身体をひるがえし、足取りもかろやかに部屋を出て行く。


「誰がするか」


 去っていく莉奈の背中に声を投げ、誠司は深いため息をついた。


「……ったく、教育間違えたかな」


 そうつぶやき、誠司も明日の準備の為に自室へと向かうのだった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る