結婚は人生の墓場
第3回:結婚は人生の墓場
「結婚は人生の墓場」とはボードレールという詩人の格言であるが、その意味合いは現代の内容とは随分異なるものだったとされる。
当時は性病が流行していたらしく、みだらな性行為を戒めるために
「自由な恋愛ではなく一人のパートナーと深く愛し合い身体を清め、墓のある教会で結婚しなさい」という意図で発したものだった。
しかし、今のところ、そんな用い方をしている作品を見たことがない。
思い浮かぶのは、疲れた顔したおじさんが苦笑い気味に愚痴るシーンである。
「付き合っていた頃はカミさんも優しかったんだが。家に居場所はねえし、財布は握られるし……ホント、結婚は人生の墓場とはよく言ったもんだよ」
幸か不幸か、そんな経験とは無縁ではあるが、傍から見ても「結婚」というのは大掛かりなものだなとは思う。
どんなに好意があっても、それがずっと持続するとは限らない。一緒にいることによって初めて感じるストレスもあるだろう。
独り身の頃よりかは、自由を奪われることになる。相手方のご家族とも付き合っていかなくてはならない。
金銭面もまた大変だ。子宝に恵まれれば、生活費はより多くかかるようになる。住宅も広い敷地を用意しなければならないし……
「愛」に関する格言はポジティブなものが多いのに、これが「結婚」になると一気に現実を見せるものばかりになるのも仕方がないと言える。
前置きが長くなった。
この言葉は使う人物によって大きくムカつき具合が変わってくる。
結婚は人生の墓場だと既婚者が言っている分には(本来の意味とはズレているが)「経験者の台詞」として問題ない。
ただ、既婚者ではない人物が「だから結婚していないこっちが得だ(優れている)」という意図で使うケースがあり、これが猛烈に腹立つのだ。
何に腹が立つか……その浅はかさにだ。
「じゃあ、墓場に入っていないあなたの生き様はさぞかし眩しいのでしょうなあ」と嫌味のひとつでもこぼしたくなる。
次回以降の話(「どうせ無理」「○○ガチャ」)にも関わってくるのだが、何かを
こうした格言やエビデンス(っぽいもの)を引っ張り出して、結果的に「何もしない」ことの正当化をはかる、「何かをする」人に対して【勝利宣言】をするという動きが見られるのだ。
一時期流行していた「何でも論破する人」のようである。目的が「対話」ではなく「論破」になってしまっている。
とはいえ、この「結婚は人生の墓場」という格言(の現代の用い方)を否定するのは簡単ではない。
パートナーの愚痴を述べているところなんて、探せば幾らでも転がっている。
コンビニ行けば「クズ旦那に天誅!」やら「不倫嫁に復讐!」といった漫画があるし、そういう泥沼劇はドラマの得意とするところではないか。
「何にも知らない癖に知った風なクチを」と言ったところで、「へー、それじゃあこのサイトにある書き込みは何?」と返されるのがオチである。
釈然としない気持ちになりながら、言い返せずに「論破」されてしまう……
・
どうしたら良いのか。
無視するか、それとも先述のように「そんなあなたはさぞかし良い人生なんでしょうな」と嫌味を返すか。
考えているうちに、ふと昔のことを思い出した。
毎日終電まで残業を繰り返していたあの数か月――
自分の時間も取れず、忙しすぎて稼いだお金を使うことすら出来ない。
ストレスのせいか、食事もろくに喉を通らず、同じものを食べ続けていた。
自宅は寝るための簡易スペースとなっていた。
土日は平日のダメージを癒すためだけの寝る時間、または月曜日への恐怖に怯える時間に成り果てていた。
間違いなくあの頃は生きながらにして死んでいた。墓場どころの話ではない。
……ああ、そうか。
結婚は人生の墓場かもしれないが、墓場は他にも無数にあるのだ。
欠点のないモノはない。リスクやコストだけを挙げていけばそりゃ墓場にもなるだろう。
同じ理屈で言うのなら、仕事だって人生の墓場だ。独身だって人生の墓場だろう。
何をするにしても、墓穴に片足を突っ込むことになる。
魔界村のゾンビの如く、地面から出でて、しばらくすると、地面に埋もれていくようなものだ。
それの何がおかしい?
そもそも
例えば幼児が危なげにフラフラと動き回る。あれがリスクやコストでなくて、何というのか。
痛い目に遭いながら、
死んだように生きた職場の経験は、どうやら無駄にはならなかったようだ。
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