卑屈の為のララバイ
脳幹 まこと
豆腐メンタル
第1回:豆腐メンタル
他の人だったら何でもないような出来事で折れてしまう。
絹豆腐のように崩れやすい(傷つきやすい)精神ということで「豆腐メンタル」。類語として「ガラスのような心」がある。
自分に自信がない人が自己紹介の際に予防線として張ることが多い。
人との交流というものは、そんなつもりがあったにせよ、なかったにせよ、多少は傷つけあう形になるのが自然だ。誰一人、自分と同じでない以上、それは仕方がないことだ。
ただ豆腐メンタルというのは、その崩れやすさ具合によっては、「多少」の時点でダメになってしまうものだ。理解できない人は「軟弱者」「ワガママ」「コミュ障」のレッテルを貼ることになる。
豆腐メンタルという言葉は2つの点で苛立たせる。
1つは罵倒語としての「豆腐メンタル」。先述した通り、気持ちのすれ違いにより多少なりは傷つけあうことになるのだが、かといって、進んで傷つけても許されることにはならない。
だが、この言葉は「(自分達ではなく)おまえが悪いんだ」という、いわば、一方的に喧嘩を吹っ掛けてボコボコにした挙句、「お前が鍛えていないのが悪い」という無茶苦茶な理屈を、精神が目に見えない要素であるからといって正当化させるような胸糞悪さを覚えるのである。
「(表沙汰にならないよう)顔でなく腹を殴れ」という、陰湿ないじめのテクニックを思い出させるのだ。
もう1つは言い訳としての「豆腐メンタル」。
この言葉を当人が口にするのは「お手柔らかにお願いします」を現代風に言い換えているわけだが、「お手柔らかに」よりも予防線としての使い方が大きい。
つまり「予定調和でお願いします」「私は傷つきやすいので丁重に扱って下さい」という、そこそこ面倒臭い提案を「私、豆腐メンタルなんです」という言葉によって、それほど嫌味もなく、自然に伝えることが出来る代物なのだ。
しかし、便利な言葉というのはその分用いられやすく、誰も彼も「(とりあえず)優しく扱われる」ために用いるようになったのだ。
中には「明らかにあなたは使っちゃダメでしょ」という、精神がゴリゴリマッチョな人まで使う例がある。こうなると、レッテルを貼る先述の「理解できない人」が出てもおかしくはない。
豆腐メンタルと近い用いられ方をする言葉にHSP(Highly Sensitive Person)がある。
あんまり長く説明しても仕方がないので要約すれば、「他の人が1しか感じないことを、100くらいに感じる」特性を持った人のことだ。僅かな刺激が苦痛に変わるため、結果として「些細なことが気になる、振り回される、対人関係に疲れる」といったことが起こる。
ここで間違ってはいけないのは、「HSP=豆腐メンタル」ではないということだ。ここをはき違えると、変な先入観でHSPを捉えることになってしまう。一本の木だけを見て森を知った気になるのは誤解の始まりである。
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さて、「豆腐メンタル」という言葉をどう受け入れていくべきか。
私は、人間の心には顕微鏡のような機能があると思っている。1倍から1億倍(推定)くらいまで拡大(縮小)して見られるという実に優れた機能だ。
これを自在に扱えるようになると、ミクロな世界からマクロな世界まで自分を落とし込めるようになる。
問題は、人によって設定されている倍率が一定ではないと言うことだ。
それは10倍かもしれないし、500倍かもしれないし、はたまた3000倍かもしれない。
最初からだったのか、何かの拍子にそうなったのかは分からないが、飛び抜けて高い倍率に設定されている人が、私生活にも難儀するほどの豆腐メンタルになるのではないか。
逆に倍率が飛び抜けて低い人間は、自分や他人にそれほどの価値を見出さず、それはそれで「機械のような人間」とか「冷血人間」と称されることになる。
前者も後者も人付き合いでは難儀するが、それでも後者の方がまだ比較的やりやすいと個人的には思う。なぜなら、拡大倍率が低いということは、それだけ一度に見る範囲を広く持てるからだ。
豆腐メンタルを改善したいのなら、「精神を強くする修行」をしたり、豆腐のままでも生きていける世界を模索するよりかは、倍率の調整の仕方……自分とは異なるモノの見方を知る方が現実的だ。
「一人の中にも膨大な世界が広がっている」という感覚と、「人類の存在した期間は46億年の地球の歴史からすれば学習机に散らかった消しカスの一つでしかなく、その地球にしたって、宇宙全体からすれば塵の一つに過ぎない」という感覚は両立する。
適宜状況に合わせて、ピントをスムーズに変えることが出来るようになれば、「ちょっとしたこと」によるダメージも軽減されるだろう。
逆に、名所でも何でもない、
絹豆腐は崩れやすいかもしれないが、一面に広がる滑らかな白に美しさを覚える人もいるだろう。
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