転生公女は「わたし」を殺した影を追う
クロキハク
プロローグ
どうやら、「わたし」は命を狙われているらしい。
その事実が、重く圧し掛かってくる。
カツ、と歩を進めるたびにタイルの敷かれた床が鳴る。漆喰と煉瓦を組み合わせた建材が、程よく音を反響させ、程よく吸音する。
窓の外を見れば、既に日は落ちている。しかし、壁に作り付けられている等間隔のガスランプに照らされ、廊下は十分すぎるほどに明るい。
――ガラスに、わたしの姿が映る。
折れそうなほどに細い身体を包むのは、腰の後ろが大きく膨らんだバッスル型のドレス。歴史の教科書に載っている鹿鳴館の貴婦人のような、とでも言えばいいだろうか。ミントグリーンに染められた生地が、銀色の髪と白い肌によく映えている。
呼吸をするたびに、コルセットが肋骨を締め付けてくる。しかし、息が苦しいのも、気が重いのも、それのせいだけではないだろう。
「皆様、お揃いでございます」
わたしに付き従っている護衛――男装の女性が、ダイニングの扉を開く。
途端、何対もの視線が向き、わたしの緊張が高まる。
心臓が早鐘を打ち、喉が渇き、手に汗が滲む。
「お待たせして申し訳ありません」
広いダイニングに踏み入れ、わたしに与えられた席につく。侍女が引いてくれた椅子に、クリノリンを折らないようにして腰を掛ける。
ひとつひとつの所作に、品定めするかのような視線が突き刺さる。
――ああ、早く帰りたい。
「スープでございます」
それからほどなくして、染みひとつない真っ白なテーブルクロスの上に、透明なスープの注がれた皿が置かれた。ほわりと湯気が立ち、いい匂いがする。
命が狙われていると知った今、呑気に食事など――と思う一方で、腹が減っては戦が出来ぬとも思う。並べられた銀食器の中からスープ用のスプーンを手に取り、スープに浸す。
――色が変わらない。
聞きかじりの知識だけど、確か、銀は毒に反応するのではなかったか。
少しばかり安堵して、スープを口に含む。
寸前。
パチッと視界に火花が散った。
そして――
床に倒れ、もがき苦しみながら息絶えるわたしの映像が見えた。
がしゃんと音を立て、スプーンを皿の中に放る。わたしを咎める者たちの声が聞こえるが、知ったことか。
すべての毒が銀に反応するはずがない。反応しない毒もある。考えてみれば当たり前のことだ。だけどわたしは、聞きかじった知識で油断し、口に含もうとしていた。あの「死の予兆」がなければ、死んでいただろう。
自分が死ぬ――いや、殺される映像を見るのもこれで三度目だ。
間違いない。この身体の持ち主、ユーニスは誰かに殺された。そして「わたし」が「この世界」で生き返り、自分の死を予兆する能力を得てしまった。
「スープに、毒が」
震える声に針を含ませ、ダイニングルームにいる人々を見やる。
継母、異母妹、婚約者とその従者、侍女、家庭教師、護衛。
ユーニスを殺した犯人は、きっとこの中にいる。
そして今もまだ、殺害の機会を伺っているのだろう。
――どうしてこんなことになっているのだろう。
東京で社畜をしていただけなのに。
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