怪異と奇譚とモノ語り
仮名郷 瞭太
怪異とボクと帰り道
身の毛もよだつ恐ろしい怪異。
引き返すなら今のうち。
後ろを振り返ると、奇妙な文字の看板がこちらを向いていて、彼とボクは森を抜けた。
「さ、ここからは一本道だ。しかし、あの図書館にお客さんが来るのは本当に久しぶりだったよ。私も長くあの図書館にいるが、君みたいに若い子が来るのは珍しいね」
青年の彼は嬉しそうに笑う。
今から数時間前、ボクは背後に広がる森の中で図書館を見つけた。
その図書館は暗い木陰の下にひっそりと佇んでいて、何十年も前からそこにあったように寂れていたが、蝋燭の暖かい光が灯っていて、まるで人が住んでいるような山小屋の図書館だった。
建物からは幻想的な雰囲気も感じられたが、最初に見た時は近づき難い不気味な印象を覚えた。ボクが外からまじまじと建物を見つめていると、中から青年の彼が現れて、僕はその建物が図書館であることを知らされる。それからは図書館の中を案内してもらい、見たこともない本に囲まれて楽しいひと時を過ごしたのだ。
「一人で帰れるかい?」
「はい、大丈夫だと思います」
ここまで一緒についてきてくれた彼へボクはお辞儀をした。
「そうかい。図書館で満足のいく本は見つかったかな?」
「はい。一冊だけ」
分厚い本を抱き締めて、ボクはその表紙を見つめた。
「良かったら、その本見せてくれないかい?」
彼に尋ねられて、ボクは借りた本の表紙を彼へ向ける。
「オバケ大百科か。君は怖いものが好きなのかい? まだ小学生くらいなのに珍しいね」
彼はにっこりと笑うと、ボクのことを否定しようとはしなかった。
「はい。クラスのみんなや大人の人たちはオバケや幽霊を面白半分で楽しんでますけど、ボクは本気でこういう存在っていると思ってるんです」
気にしながら見上げた彼の表情は、あいも変わらずボクを否定せずに笑ってくれていて、ボクは少しだけ安心していた。
怖いものが好きだなんて不気味だ。
これまでは誰からもボクの好きは認めてもらえなかった。彼らに語るボクの熱意がそうさせることに薄々気付いていながら、そして、怪異というものが本当はこの世に存在しないことを頭では理解していながら、ボクは彼らのことを想わずにはいられなかったのだ。
自然と読み漁る本は彼らの本が多くなり、ボクは周りから孤立していたのだと思う。
「何事も興味があることは良いことだ。無いよりは全然いい。だけど、君はちょっと気をつけないといけないね」
「気をつける?」
彼の笑った目が、薄く開いた。
「そう。君は『好奇心』に気をつけないといけない」
覗かせた彼の目に違和感を覚えたボクは少しだけ後ずさる。
彼の目は真っ黒で、白目が無かったのだ。
「これは難しい話じゃない。もっと直感的な話だ。例えば、君は『猫に九生あり』という言葉を知ってるかい?」
ボクは首を横に振る。
「海外の言葉さ。猫には九つの命があって、しぶとい生き物という意味らしい。だが、好奇心はそんな猫をも殺してしまうんだそうだ。僕が言いたいこと、分かるかい?」
ボクは繰り返し首を横に振った。
彼は身体ごとこちらを向き、彼の方から一歩近づいてくる。目の前の彼を怖いと思った。同じようにボクも彼から一歩遠ざかり、彼との距離を一定に保とうと努める。しかし、彼もまた一歩近づいてきて、ボクは背後の小石で後ろへ倒れてしまった。
沈みかけている夕焼けの中、見上げた彼の不気味な顔がにんまりと笑っていた。
「猫に九生あり。然れど好奇心は猫をも殺す。助かるとしたらまさしく九死に一生というわけだ。さて、君の命はあと何個あるのかな?」
直感的にボクは彼に怯えていた。彼が人ではないような気がした。たったの数分で夜へと変わっていく黄昏の中で、釣り上がる彼の口と黒い目玉だけが夜空に浮かび上がる。
「好奇心も結構だが引き返すなら今のうちだよ。少年」
その瞬間、ボクは恐怖でたまらなくなり、借りた本をその場に置いて逃げ出した。
逃げなければボクの身に危険が及ぶような気がして、振り返ることもなく目の前の一本道を駆け抜けた。
「ああ少年、言い忘れてたけど後ろを振り向くんじゃないよ。もし振り返ったりしたら──」
彼の声が遠くなるのを聞きながら、ボクは前を向いたまま夢中で走った。
しかし、ボクは誰かに足首を掴まれ、道の真ん中に倒れた。転けた痛みから泣きそうになるが立ち上がり、再び走り出そうとする。だが、足が動かない。自分の足元を見てみると、そこには黒い影のようなものが足首にまとわりついていたのだ。
涙は恐怖に塗り替えられ、ボクは絶叫を上げた。
「おや、もうどこかで振り返ってたんだね。……ふむ。悪いがもう諦めてくれ。そうだな、図書館のお代ということにしておこう。きっと君なら良い本になるだろうね」
身の毛もよだつ恐ろしい怪異。
引き返すなら今のうち。
最初に見た看板があなたを向いていた。
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