40話:人影 ~ トラックみたいに俺を轢いて来ないし ~

 ログハウスのリビングスペースにて、一人の時間を過ごしていた赤羽あかばね彩人あやと

 尿意を催しトイレに行こうと立ち上がったところで、彼の視界、その隅にスーッと動く人影を捉えた。


「ん? 今……2階を誰か通ったか?」


 女性陣が温泉を楽しんでいる今、彩人あやと以外にこの空間にいる人間は居ない筈。

 その女性陣の誰かが戻って来て2階に上がった可能性も無くはないが、2階に上がる階段の位置と、温泉に繋がる廊下の位置的に、誰か戻って来たのであればリビングスペースに居た彩人あやとが気付かない訳がない。


 つまり、先ほど動いた人影は彩人あやとの勘違い。

 もしくは“女性陣ではない誰か”という話になる。


「おい、誰か居るのかー?」


 2階に声を掛けてみるが、返事はない。

 念の為に階段を上がってみるも、廊下に人影は見当たらず、部屋(ゲストハウス)の扉が開いた形跡もない。


(俺の見間違いか?)


 状況的に、一番高いのはその可能性。

 長らく補習の動画を見て多少なりとも目が疲れているし、眼球に付着した小さな埃を人影と見間違えたパターンも考えられる。


「ふむ……まぁいいや。トイレトイレっと」


 人影の謎よりも尿意が勝った。

 最初は1階のトイレに行こうとしたものの、2階に上がって来たついでに2階のトイレへGO。

 便座に座って用を足し、センサーに手をかざして流したら任務完了ミッションコンプリート


 その後はトイレ横の洗面台で手を洗うだけ――の筈だったが。


「んっ?」


 “また人影が映った”。

 今度は洗面台の鏡越しに、自分の背後を黒い人影がスーッと通り過ぎたのだ。

 先程よりも近距離で、よりハッキリと確認出来た為、今度ばかりは「見間違い」では済まされない。


 すぐさま振り返る彩人あやとだったが、そこには先の人影の姿はなく、再び鏡に視線を戻すも人影の姿は無い。

 手を乾かすのも忘れて廊下に戻るも、そこに先ほど見た人影の姿は無かった。


「……コレ、マジで“いる”っぽいな。男か女かもわかんねーけど、このログハウス確実に“いる”ぞ」


 彩人あやと、意外と冷静。

 ホラーやオカルトが苦手な人なら確実に青ざめる場面だが、彼の場合は青ざめるどころか軽くワクワクしている節もある。


 というのも、彩人あやとはホラー映画やホラーゲームを好んでやるタイプの人間なのだ。

 一応それ相応の「怖さ」を感じてはいるものの、それはバンジージャンプに挑む様なドキドキ・ゾクゾク感であり、悲鳴を上げて逃げ出す様な事態にはならない。


(“幽霊”はトラックみたいに俺をいて来ないし、そもそも触れないなら物理的なダメージを負うことも無いからな。……まぁポルターガイストで攻撃されたり、呪い的なことをされるのは勘弁だけど)


 既に彩人あやとの中では幽霊と断定。

 是非とも映像に残そうと、スマホを取り出して動画撮影を始めるが、いざ撮影を始めたら黒い人影はピタリと出てこない。

 2階の廊下とリビングスペースを中心にアレコレ撮影して回り、それを見返して黒い人影が映っていないか確認してみるものの、その苦労が報われることは無かった。


 結局は1時間ほど粘ったところで撮影を諦め(バッテリーも無くなりかけた為)。

 リビングスペースに戻って来た女性陣(浴衣姿)と交代で、軽く落胆しながら温泉へと向かったのだった。



 ――――――――

 ――――

 ――

 ―



 時間的に致し方ないが、完全に日没後の温泉となった彩人あやと

 雄大な海の景色を堪能することは出来なかったが、日常生活で海を見ることが無い彼にとっては、月明かりにゆらゆら煌めく波のまにまにだけでも十分なご褒美。

 それに加えてライトアップされた温泉の雰囲気と、これまた季節外れの雪が不思議と心を落ち着かせてくれる。


「ふぅ~、こんな温泉を独り占め出来るなんて最高だな。何だかんだ言っても、合宿を計画してくれたエリスには感謝しないと」


 ここまでの道中、魂が入れ替わってしまうハプニングはあったものの、それも過ぎてしまえば良い思い出というか、貴重な体験だったことは間違いない。

 モーターホームに乗ったのも初めてだし、夏に降る雪を見たのも初めてで、普通の高校生には経験し難い、初めて尽くしの夏休みとなっているのは彼女の行動力があってこそ。

 兎衣ういを巡って何かと敵視されている彩人あやとではあるが、彼自身はエリスを敵視などしていない。


(いやまぁ、あんな子供を敵視する方がおかしんだけどな。……にしても、良い温泉だなぁ)


 賑やかな入浴となった女性陣とは対照的に。

 これまでの出来事を振り返りつつ、一人のんびりと温泉を楽しむ彩人あやとだった。



 ■



「おっ、鍋か。夏だけど“あり”だな」


 温泉から戻って来た彩人あやと(浴衣姿)の視界に映ったのは、リビングスペースの丸テーブルに広がる「鍋セット」。

 多くの日本人にとって鍋と言えば「冬」のイメージだが、ダークエルフの少女:エリスによって雪に見舞われた彼等にとっては、ある意味ピッタリな夕食だろう。


 既に準備は終わっているらしく、飲み物やコップ、小皿もテーブルの上に揃っているが、そのテーブルには誰も着席していない


 ダークエルフの少女:エリスはソファー席で横になり、元:勇者の太腿で膝枕。

 その膝枕役の兎衣ういはペットを撫でる様にエリスの頭を撫でつつ、壁に掛けられた大画面のテレビを視聴。

 世話係:ビクトリアは流石に疲れが出たのか、涎を垂らしながら反対側のソファーで爆睡していた。


 結果、スマホを弄っていた幼馴染み彼女が、戻って来た彩人あやとへ真っ先に気付く。


「あっ、おかえり~彩人あやと君。温泉どうだった? 明るい景色は私達が独占しちゃったけど……」


「おう、夜も十分良かったから気にするな。久しぶりにのんびり出来て良かったよ。――で、今夜は鍋か?」


「うん。雪見しながらのお鍋もいいかなーと思って、皆で用意したの。それじゃあ彩人あやと君、好きな席に座って」


「好きな席って、別にどれも一緒だが……まぁここでいいか」


 丸テーブルを囲む5つの椅子。

 その中から、彩人あやとは適当に一番近い椅子へと座った、直後。


「「「じゃんけんぽん」」」


(ん?)


 椅子に座った途端、日本人なら誰もが聞き慣れた言葉がソファー席から届いた。

 いちご兎衣ういとエリスの3人がじゃんけんをしたらしく、「あいこで、しょ」の後に喜んだのはいちごだ。


「やったッ、私は彩人あやと君の隣ね♪」


 言うな否や、彩人あやとの左隣に座るいちご

 それを悔しそうに見守る兎衣うい――という構図から察するに、席決めをじゃんけんで行ったらしい。


 適当に座ればいいのに、と思うのは“想われる側”の傲慢でもあり、彼女達にとってはコレも大事な勝負なのだ。


「ウイ姉様ねえさま、次はアタシが勝ちますからね」


「いいや、勝つのはボクだ。いくらエリスでも彩人あやとの隣は譲らないよ」


「いいえ、必ずアタシが勝ちます。絶対に負けられない戦いがここにはあるのです!!」


 スポーツ中継でよく耳にするうたい文句を述べ。

 それからエリスは「じゃんけんぽん」の掛け声と共に力強く「グー」を出す。

 対する兎衣ういは――「チョキ」。


「ぐっ、負けた……ッ」


「やったッ、アタシの勝ちです!!」


 ピョンと飛び跳ね、嬉々として喜び。

 彩人あやとの右隣りに速攻で座る、最年少エリスを目の当たりにして。


(あれ? 俺、いつの間にこんなに慕われてたんだ?)


 兎衣ういを巡って敵視されているかと思いきや、自ら進んで隣に座って来た。

 思いがけぬ展開に戸惑う彩人あやとだったが、そんな彼に向けてエリスが放つは次の言葉。


「おいアカバネアヤト、ウイ姉様ねえさまの隣は絶対に譲らないからな? むしろアタシが二人の間に入って邪魔してやるのだ。クックックッ(笑)」


「……あ、そういうことね」


 ――――――――――――――――

*あとがき

続きに期待と思って頂けたら、本作の「フォロー」や「☆☆☆評価」を宜しくお願いします。

お時間ある方は筆者別作品「■黒ヘビ(ダークファンタジー*挿絵あり)/🦊1000階旅館(ほのぼの日常*挿絵あり)/🌏異世界アップデート(純愛物*挿絵あり)」も是非。

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