頼義、覚悟を決めるの事(その二)

金平こと坂田公平は呆れていた。渡辺竹綱、碓井貞景もまた同じく呆れかえっていた、ひとり卜部季春だけがニヤニヤとコトの成り行きを面白がっていた。


先日、羅城門らじょうもんで遭遇した災厄に懲りて、もう顔を出すこともあるまいと思っていた少女が、また臆面もなく陰陽寮を訪れ、彼ら「鬼狩り紅蓮隊」のもとに現れたのだ。


初めて会った時はまだ前髪を残し、元服後の成人にしてはやや「可愛げ」のある面持ちを残していた彼女だが、今日は前髪もしっかりと結い上げ、狩衣も真新しい絹織ではなく使い古された実用的な麻の布衣ほいを着ていた。少女は呆然と立ち尽くす彼らの前を通り過ぎ、当たり前のように上座に腰を下ろした。



「皆の者、先日の羅城門での騒動における働き、まことに大儀であった。そなたらの一騎当千の益荒男ますらおぶり、まさしく当代無双と呼ぶにふさわしい。この頼義、心より感服いたした」



物言いまで男言葉に改め、仰々しく言い放った。



「さて、この度兵部省より正式に辞令が下り、この頼義、左馬助さまのすけのお役目とともにそなたら『紅蓮隊』隊長の任に預かることと相成った。これよりもより一層の忠勤に励むが良い」



金平の大きな口がさらに一段と大きく開いた。



「な、な……はあ!?」



すかさず頼義が咎め立てる。



「坂田公平、その方、何か申し立てることでもあるか」


「あ、当たり前だバーローォ!!誰がオメエみたいなガキんちょに付き従うかってんだよお!だいたいお前だってこの間羅城門で散々見ただろうが、アイツらに立ち向かうってのはな、並大抵の覚悟じゃ務まりやしねえんだ、お前みたいな女子供にそんなことできるわけがねえだろ!!」



頼義の眉間にたちまち深い皺が刻まれた。



「ほう、ならばそなた、此度こたびの辞令には従えぬと、そう申すか」


「おうよ、逆さ吊りにされたってゴメンだねバーカ」



頼義の眉間の皺はより深くなり、こめかみにヒクヒクと青筋さえ走り出していた。



「なるほど、よろしいあい分かった。後ろの者ども、此奴こやつを取り押さえよ」


「はあ!?」


「この辞令は太政官だじょうかんを通して兵部省及び兵庫寮へ正式に下されたものである。即ち、これは帝の勅命に他ならない。その勅命に従わぬというのであれば、そなたを謀反人として処断せねばなるまい。早う取り押さえよ、この頼義が直々にその首を切り落としてくれる」



そう言って頼義は脇に平置きにしていた太刀を右手で掴み上げ、ゆっくりとその刀身を抜きはなった。と、その間隙を縫って竹綱と季春が金平の両腕をしっかと掴み抱えた。



「なあっ!?お前ら何やってんだ離せコラ!!」


「いやいやいやいや、かく相成ってはもはや致し方ありませぬなあ。正式な綸旨りんじであるならば従わないわけには参りませぬ。あー不本意だ不本意だー」



と季春が棒読みでのたまう。



「僕も基本的には賛同しかねるけど、帝の御意志には逆らえないよね。金平、短い付き合いだったけど楽しかったよありがとう。君のことは一生忘れないよ」



竹綱も冗談とも本気ともつかぬことを言い出す。



「こ、こらやめろってのお前ら!貞景、貞景!なんとかしろコイツら!!」



わずかな望みを期待して金平は貞景を見遣みやった。貞景は部屋の隅っこ、頼義から一番遠い場所で縮こまって涙目で



「女は恐ろしい女は恐ろしい女は……」



などと念仏のように繰り返している。一体何がどうなったら一人の男性をここまで女性恐怖症?に至らしめられるものなのか。相手が男子であれば獣であろうが魔物であろうが決して引けを取らぬこの武の達人がまるで迷子になった幼児のように身を固くして震えている。金平はコイツに頼ろうとした自分のアホさ加減にげんなりした。



「公平、辞世の歌などあるならば聞こう」



頼義が冷たく問う。



「ねえよそんなもん、斬るならとっとと斬れ!」


「心配いたすな、そなたの首を落としたのち、わしもその責任を取って腹を切る」


「な!?」



その言葉にはさすがの金平も驚愕の声を上げた。



「当然であろう、部下の不始末は上司である儂の不始末。ともにその責を負って腹を召すのは源氏の子として覚悟の上よ」


「……」


「それに、儂だけではない、部隊内の不始末は隊の連帯責任でもある。他の三人も喜んでそなたの後を追って腹を切ると申しておる」


「え!!!???」



三人が全く同時に奇声を上げた。



「坂田、渡辺、碓井、卜部、いずれ劣らぬ名門の家系をかような形で途絶えさせてしまうのは断腸の思いではあるが致し方あるまい。帝への忠義のために死ね」


「ちょちょちょちょ、待て待て待て待ってちょうだい。おい金平、ここは黙って『はい』と言え」



季春が必死の形相で金平を説き伏せにかかる。



「い・や・だ・ね。ついでだお前も死ね」



金平が酷いことを言う。



「いやだからさちょっと待ちなさいよアンタ、この場だけでも『はい』って言っときゃとりあえず丸く収まるんだからこの際やっすいプライドなんかかき捨ててテキトー言っときなさいよぉ〜」



逼迫ひっぱくのあまりか、また季春の言葉遣いがオネエになっている。



「い・や・だ・ね。こうなったら一蓮托生だ、お前ら全員地獄で会おうや」



もう完全に開き直っている金平に、季春は最後の手段に出た。



「あ〜らそう、じゃあ仕方ないわねえ、こうなったら奥の手を使うわよぉ」


「なんだとお?」



そう言って季春は金平の腕を抱きかかえたまま、また何やら怪しげな呪文を繰り返し始めた。



「ふるへ、ゆらゆらゆらゆらとふるへ、くしみたま、さんしをめぐりて、ゆらゆらと、ふるへ〜」



すると、それまで捕らわれの熊のように暴れていた金平がもんどりうって転げまわり始めた。



「ちょ、な、て、テメエ何しやがった!?」



のたうち回りながら金平が叫ぶ。



「なに、初歩的な『呪い』じゃよ金平氏」


「呪いだあ?」


「さよう、でござる」



地味にイヤな呪いである。金平は無限に湧き上がってくる「くすぐったさ」に悶え狂った。



「て、て、てめえええええっ!!」



それでも金平は耐えに耐えたが、四半刻をたってついに降参した。



「ぜえっ、ぜえっ、チキショー!!こ、こんなことで……」



気息奄々きそくえんえんの中悔しがる金平に、頼義が改めて問うた。



「では公平よ、これよりはこの頼義を頭目と認め、忠義を尽くすか」


「地獄に落ちやがれコンチクショー!」



その言葉を了承と受け取ったのか、頼義は



「ではみなさん、これからもよろしくお願いしまーす!」



と屈託なく笑った。

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