R.I.P Ⅳ 〜来迎の夢〜

乃南羽緒

序夜

第0話 前夜

 トンテン、トトトン

 ヒュー、ヒョロロロロ

 ドン、ドン、シャラララ

 ドン、シャララ


 県面積の七割が山で占められる某県の山麓には、とある村があって、毎年夏の夕刻になると村中に神楽囃子が響き渡る。音は、村の奥まったところに鎮座する神社から聞こえる。裏手の山をご神体とする小さなお宮で、規模は矮小ながらかれこれ数百年と地域に根付く伝統祭『タマフリサイ』が受け継がれている。神楽囃子は、この祭の目玉『オムスビカグラ』の演舞練習のものである。

 私は、夏が来るたび聞こえるこの音が好きだった。

 ボロ家の二階。窓から顔を出して、囃子を肴に、山裾へ隠れゆく陽を見送る。逢魔が刻に連れられた夜闇が村を支配するにつれ、神社がある道奥に灯り出す柔い灯火が、この退屈な村にひと時の非日常をもたらしてくれる気がして。


 私が小学五年生だった年の『オムスビカグラ』で、クラスメイトの妹が演舞巫女に選ばれた。妹といっても、過疎化のすすんだ村内には全校生徒が二十名ほどのちいさな小学校に低学年と高学年の二クラスがあるのみで、歳の差こそあれどクラスメイトだったから、私は彼女をよく知っていた。彼女を仮にC妹と呼ぶ。

 C妹は齢十ながら大人びていて、兄のCとよく似てしっかりした子どもだった。私とA、B、Cの四人は同学年で仲が良く、大人たちから見るとやんちゃな悪ガキグループという感じだったとおもう。何かにつけ反抗したり、わざと宿題をしてこなかったり、授業中に脱け出したり──。大人になっておもえば可愛らしいものだが、当時の私たち的には「オレたちはワルだ」と、大人に対して精いっぱいの背伸びをしていたのだろう。

 とはいえ、子どもは子ども。

 お祭りはだいすきで、神楽囃子の練習音を耳に夕日を見送るたび、カレンダーにバツ印を書き込んで、祭り当日を首長く待っていた。

 一度、演舞練習に励むC妹のもとへ激励に行ったことがある。幼巫女は彩色された面をつけ、長い柄の神楽鈴を振り、神楽囃子に合わせて舞台の上で軽やかに、時に荘厳に舞う。そこにいつも学校で顔を合わせる彼女はどこにもいなかった。練習のはずなのに、息を呑んで見入ってしまうほど。

 しかし練習から上がった彼女はいつもの笑顔だった。

「〇〇くん。本番、うちの演舞ちゃんと見とってね」

「おん。C妹がとちるとこ見たるわ」

「ひどおい!」

「あははは。ウソウソ、すげーやんな。がんばれよ」

「うん」

 C妹は、リンゴのようにほっぺを赤くしてうなずいた。

 実を言うと彼女、私たち四人の中でとくに私になついてくれていたと思う。いやむしろ、すこし好意もあったのではないかと──今になって思うようになった。それを知る術は、もうないのだけれど。


 祭り当日は、神社境内から村の道まで有志の縁日が立ち並ぶ。

 ふだん五百円しかもらえなかったお小遣いも、お祭りの日に限っては母がお札を数枚くれた。そういう意味でも、当時の私にとってこの『タマフリサイ』は特別だった。

 あの日、私はA、B、Cとともに神社へやって来ていた。

 C妹は演舞準備のため、すでに控室へ引っ込んだという。そこまで付き添ってやったのだと、兄のCは面倒くさそうに──しかしすこし照れくさそうに──言った。このCという男は私たちのなかで一等愛想がなかった。けれどその懐が一等温かいことも私たちは知っていた。彼は母親を早くに亡くしており、仲間のなかで唯一下の兄妹がいたのもあってか、私たちより一歩引いた目線で、口では面倒だと言いつつも最後まで見捨てないでくれる、いわゆるいい男だった。

 Aは根っからリーダー格であり、何事も先駆ける子どもだった。勇気と行動力があり、時にそれが蛮勇とも呼べるほど無鉄砲。けれどなんとなくその背を追いたくなる、いわばカリスマ的存在。

 Bはというと泣き虫の怖がりで、Aとは対極にいるような性格だった。それがどういうわけかAとウマが合い、それがきっかけで仲間になった。よく泣くわりに憎めない性格で、当時周りから見たらマスコット的存在だったかもしれない。

 かくいう私は、仲間内のなかでも一番パッとしない子どもだった。ワルぶっていながらAほど振り切れもせず、周りの目が気になるもBほど良い子にもなりきれない。だからといってCのように頼れるわけでもない──。傍目に見ればダサい子どもだったろう。

 そんなちぐはぐな私たちの人生は、あの年の祭を境にがらりと変わることになる。


 ──祭の日、C妹が消えた。


 演舞を舞い終えたのち、彼女は姿をくらました。

 事態に気付いた祭祀関係者が騒いだことで発覚。境内は騒然となった。

 私たち四人も、彼女の名を呼びながら村内をさがしまわったがそのすがたはどこにもなく、裏手の山に入ったのでは──という話が出ると、大人たちは顔面蒼白になった。ご神体たる山は禁足地。山狩りをおこなうわけにはいかないからだろうが、当時子どもだった私たちは「なんて薄情なんだ」と声を荒げて大人を糾弾した。

 あの日の夜、なにがあったのか。実はあまりおぼえていない。

 けれどけっきょくC妹は翌日、翌月、翌年になっても見つかることなく、私たちは失意のまま小学校を卒業した。


 あれ以来、私たちはなんとなく疎遠になった。

 中学進学とともにC父とCは村から引っ越して、私の家も都内へ出たことで完全に村との交流はなくなった。


 あの『タマフリサイ』や『オムスビカグラ』は、いまもつづいているのだろうか。

 祭の日、彼女になにが起きたのだろうか。

 私は──。


 八年を経たいま、白泉大学に進学した。

 そこで私は再会する。


「間違ってたらごめんけど、もしかして──」


 大人びたなかに、あの日の面影を淡く残した旧友と。

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