細い白が走る空色 - ex1
あれから僕は何度かゲームにログインして、VRの仮想空間でどう教えるのがいいのかを、外部modのタイマーを起動して、軽く走りながら考えていた。
やっぱりVRとリアルは違うことを思い知らされる。身体の扱い方も、走っている時の感覚も、失敗のリスクも。
VRに慣れ過ぎればリアルでは走れなくなるだろう。逆も然りだ。だから必要なのは……いや、そうでもないのか。
VRの手軽さはVRにしかないものだ。それを無くしてしまうとVRの良さも消えてしまう。
僕は僕の都合でVRでないと教えられないけど、それを相手に押し付けては駄目だろう。そんなでは教えてもらいたいと思えない人もいるはずだ。
僕はパルクールが好きでプロになりたいぐらい好きだった。その僕が教わりたいと思うような指導をしなければ、誰がプロになれるんだ?
そうだ。ことこれにおいては、僕はストイックでなければならない。例えハンデを背負っていても、だ。
一度思考をリセットするために、僕は駆け上った急斜面の先に掴まって、景色を見下ろした。
雪がちらほらと見える岩場とそこにポップして屯しているトカゲのようなモンスターと、それから今丁度登ってきた4人パーティーが戦闘に入ったところだった。
今日は久しぶりにそれなりに人のいるサーバーに入ってみた。
もし彼女の言うことが本当なら、少なからず僕のファンもいるはずだと思ったからだ。ただ、その人たちの目に付くかは分からないけど。全くチャンスが無いよりはマシだろうと思った。
深く息を吸って吐く。
より遠くの方はぼやけて見えない。これはそういう設定にしているからだ。僕の端末はあまり性能が良くない。だから、速く走れば走るほど描画処理による負荷が大きくなってしまう。
それにこの場所も、本来であればプレイヤーが到達できないはずの場所だ。
ここはある山脈の通行ルートの遥か上にある、本来背景としてそこにあるはずの、切り立った山頂だ。それは僕の手で握れるほど尖っており、そこを掴めば握力の限りそこにいることが出来る。
ここからは広く見渡すことが出来るけど、広く見えるってことはより多く描画されるってことだ。
もしここで全部見ようと思ったら僕の端末は処理落ちして、挙げ句強制シャットダウンしてしまうだろう。
それはちょっと残念ではあるけれど、とうの昔に諦めたことだ。
プロになったらあるいは、と考えたこともあったけど、今ではそれも
……おっと、目に映るのが雪景色だからかちょっと湿っぽくなってしまったな。
そろそろ降りるか、そう思って眼下に目を向けると、そこにはこっちに手を振るプレイヤーが見えた。前を眺めて、後ろを振り返るけど、他にプレイヤーはいない。
どうやら僕に手を振っているらしかった。
最初は見間違いだと思った。
でも、パーティーメンバーに気取られないように何度も見るうちに、それは確信に変わった。
ずっと一緒にプレイしていた仲間が言っていた。ある伝手で流れ星が復帰したらしいことが分かった、と。
それはたぶん、俺が流れ星の熱狂的なファンだと知っていたから言ってくれたんだろう。その時も興奮しすぎて詳細を聞き出そうとしてしまったが、バッドマナーだったことを思い返して、落ち着いた後にはきちんと謝った。
苦笑して許してくれたあいつは、俺の知り合いの中でも一番のお人好しだ。
だから俺たちが守るんだ。あいつにネットの海のヤベェやつらを近付けないようにな。
俺はそんなことを考えながら無造作にデブトカゲの
狙っていなかったクリティカルが発生し、2匹ともが砕け散るように霧散した。その圧倒的レベル差を見せつけられた残りが、慌てた様子でのたのたと逃げていく。
そんな俺のプレイを見たのか、おぉーという小さい声とちらほら拍手の音が聞こえて正気に戻った俺は、急に照れ臭くなって頭を掻いた。
今はキャリー依頼中だったことをすっかり忘れていた。
この辺りは雪国仕様だからか、外見がゴツい敵が多い。それはつまり硬かったり、HPが多かったりする、というわけだ。
一方で、霜月要塞まで行けば、それまでの物量が嘘だったかのようにvs少数精鋭になる。
そのため、そこに至るまでの道をショートカットしたいプレイヤーが割と多いために、ここのキャリー依頼はいつもそれなりに多い。
依頼は仕事で、俺個人だけでなく多方面に影響がある。だから、これは真面目にしないとならない。
さっきはたまたまクリティカルが出て、装備の威圧効果が発生したが、発生していなかったら袋叩きにあっていたかもしれない。
俺は山頂に目を向けたいのを我慢して、頬をパンと叩き気合を入れた。
でもその仕事が終わったんなら、後は自由時間だよな。
俺はさっさと報酬を受け取り、来た道を戻る。
どうか同じ場所に居てくれ、と願いながら。
「いやぁ〜!幻のシューティングスターに会えて、話も出来るなんて今日は最高の日だぜ!!あ、サインも欲しいです」
中々強烈なファンが来たなぁと思う。
いるかもしれないなぁ、が、いたなぁ、になって、全部こんなのじゃないよな、と不安が
「サインって……うーん。これでいい?」
そうやって僕は渡された無地のTシャツ(受け取るまでこんな都合のいい装備があるとは知らなかった)を受け取り、そこに
自慢じゃないけど僕は絵が得意じゃない。だけど、そんなでも喜んでもらえると、なんかちょっと恥ずかしい。
「うおおぉぉお!シューティングスターが
なんかもう顔面を覆って
もうしばらくは過疎サーバーに居よう。そう思ったときだった。
「あの、最後にSSいいっすか?」
そう言う自称古参ファンの目はとても澄んでキラキラしているように見えて、断れなかった。
「身バレ怖いから許可なしでいいなら……」
「全然!!ぜぇんぜんオッケーっす!宝物にします!!」
それでいいんだろうかと思ったけど、本人が納得してるならいいか、と思い直した。
「あ、
流れ星と別れた後、俺は戦利品を指差しチェックで確認して何か忘れていることを思い出して、
俺は拳闘士だ。だからコンボが前提で、色々とネットで調べたり、人に聞いたりして俺なりのコンボを作り続けて来た。
ゲームだから色々と制約はあるものの、その中でカッコよくしたり、実効ダメージを計算するのは面白い。
最初は脳筋だからと思って始めたクラスだったが、今ではすっかりそのコンボ沼にハマっている。
だから、あの超絶
「くっ……興奮しすぎて忘れてた」
一気に冷めた俺はそのままログアウトした。
「いたなぁ、ファン」
嵐のようなファンが去った後、疲れた僕は過疎サーバーに入り直し、特に人が居ないエリアで膝を抱えていた。
正直疲れた。でも悪い気はしなかった。
プロゲーマーの彼女の気持ちが少しだけわかった気がした。
「配信は絶対に限定公開にしようそうしよう」
きちんと口に出して戒める。
あんなのばっかりだとは思いたくないけど、念には念を入れるべきだ。
そういえば彼女に、僕の配信を編集して上げてもいいよと言ったことがあったけど。
「あながち嘘でもないのかぁ……」
今はその実感がある。あのファンの前で、山頂に登り、降りた時なんか、飛び上がって喜んでくれたし。
まぁ研鑽したものを褒められるのは気持ちよかったけど、あの喜びようは尋常じゃなかった。
僕を除外してあの喜ぶ姿だけ撮影したら、ヤベェやつ認定出来るほどにはヤバかった。
「でも、そっか」
それだけ喜んでくれる人がいるのなら、僕も捨てたもんじゃないってことだ。
お金が取れるかは分からないけど、少なくとも喜んでもらえるなら、やってやれないことはない、と思える。
「よし!でも今日は休もう」
気合は入ったけど、それはそれ、これはこれ。
精神的に疲れた僕はそのままログアウトした。
おわり?
蛇足
あんたのお陰で流れ星に会えたぜ!ありがとな!
大袈裟かもしれないが、あんたがああ言ってくれなかったら、俺はあそこに目をやったりしなかったし、各地でキャリー依頼を受けることも無かったと思う。感謝だぜ!
あー、その、一応最低限のマナーは守ったつもりだけど、興奮してたから引かれたかも、とは言っておくぜ……サイン入りTシャツも2ショットSSも隔離した自宅の隠し部屋に大事に飾ってあるから、心配はいらないぜ!もちろん公開もしない!
……約束だからな。俺は約束は守る
これからもよろしくなッ!
この手紙を読んだ流れ星の知り合いは、一度額に手を当ててため息を付いたあと、苦笑したとかしてないとか。
おわり
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