短編集(6月分)

グミ好き

プロローグ

「ふむ……これは刹那晶せつなしょうと呼ばれるアイテムじゃな」


 あなたが渡した、あなたも初めて見る謎のアイテムを小ぶりなルーペでじっくりと観察していた鑑定士の老人はそう口にした。

 刹那晶……どこかで聞いたことがあるような気もしたが、初めてのような気もするので、老人に詳細を訊ねる。


「む?刹那晶とは何かじゃと?まぁ知らんのも無理はない」


 そう言った後、老人は椅子に腰を下ろした。話が長くなるかもしれないので、あなたも立ったまま楽な姿勢を取った。


「ここ最近発見されるようになったんじゃからのう。しかも、わしのようなもの好きしか扱っとらんと来た。ひゃっひゃっひゃ!良かったのう、お主。わざわざ持ちかえったものが無価値にならんで済んで」


 喜色満面の老人。渋い顔のあなた。それはそうだ。何か価値のありそうな宝石だと持ち込んだものが下手すると無価値だったなどとは洒落にならない。

 しかも、物好きが扱う品である。これは鑑定結果には期待できなさそうだ。と、あなたは肩を落とした。


「まぁ待て。まだ希望はある。わしの知り合いにこれの収集家がおるんじゃわい。そいつになら高く売れるかもしれん」


 なるほど。本当に物好きであるのはこの老人ではなくその収集家というわけだ。ともあれ、その収集家のためにこれを買い集める老人も物好きといえばそうなのだろうが。


 とはいえ、商人というものは利益が無ければ商売しないものではある。

 そこを含めてまで物好きではないと思いたいあなただった。


「これ一つではないんじゃろう?どうじゃ。わしに見せてみんか?」


 あなたはまず、と取り出した一つの外に幾つかの刹那晶を取り出す。これは鑑定の際、高い価値であった場合の用心の一つだ。


 あなたは以前、手癖の悪い鑑定士に引っかかったことを思い出して顔をしかめる。

 あの時は鑑定品を人質に取られてかなりの安値で買い叩かれたのだ。あなたが旅人だと分かった上での犯行だろう。


 ギルドは鑑定士の斡旋はするが、そこから先の取引は自己責任だ。旅がらすのあなたはその後にギルドで屯している冒険者に小銭を払って情報を得ることを学んだ。


「そう心配そうな顔をするない。くじ引きみたいなもんじゃからもっと気楽にせい。重いもんじゃあないんじゃから、諦めた素材も少なかろうて」


 老人の言葉に現実に引き戻されたあなたは、机の上に転がしたそれぞれに視線をやる。ダンジョン内部で見た時は綺麗に見えていたそれらも、こう明るいところでは若干薄汚く見える。


 やはり失敗だったかもしれないと、あなたが思い始めた時だった。


「む!ふむふむ……なるほどのう」


 そう言って鑑定士の老人は幾つかの刹那晶を仕分け始めた。その数は少ない。できればそちらが外れであってくれ、とあなたは願ったが、現実は非情だった。


「これとこれと、それからこれは例のやつが求めていたもんと似ておる。他は望み薄じゃな」


 それを聞いてあなたは肩を落とした。


「じゃが、まだ望みはあるわい。それがこいつの難しいところでのう。これらの中にはそれぞれ物語が詰められておるんじゃ。何のためかは分からんが、とにかく、収集家はその物語を集めておるんじゃな」


 どこかで聞いた話だ。とあなたは思い出そうとするが、その思考を老人がさえぎった。


「先ほど選んだものは先っちょをちらっと見て収集家が好みそうなものを選んだんじゃ。じゃが、見たのはほんの先っちょだけじゃから、本当にそうなのかはわからん。物語というものは二転三転するもんじゃからな。そこで、じゃ」


 身を乗り出してきた老人に、あなたはつられて身を乗り出した。

 つい、小さい声で話しかけてしまい、密談が始まる。


「これらの物語を見て、お主にはそれらがどういう話じゃったかを調べて欲しいんじゃ。どういう原理かは不明じゃが、何度も見られるからこそできる芸当じゃて。時間はかかるじゃろうが、今買い取れば二束三文、これがあやつが求めるものであれば数十倍になるんじゃ。どうじゃ?やってみんか?」


 そう言われてつい頷きかけたあなたは、辛うじて動きを止めた。

 何しろ、その数は多い。一つ一つが小さいためにたくさん持ち帰って来た。今思えばこれほど大量に持ち帰ることが出来たものが高価なものであるはずがないが、今はそれを考える時間ではない。


 あなたは悩んだ末、老人が取り分けたものと他数個を何となく掴み、これらを見る、と老人に告げた。


「ふぉっふぉっ、流石に旅人は擦れておるの。ではこちらは銅貨1枚じゃ」


 まさに二束三文であった。急に恐ろしくなったあなたは、仮にこれらが収集家の求めるものであったとしたら、いくらになるかをたずねずにはいられなかった。


「そうじゃのう。ドンピシャで銀貨5枚。惜しいなら銀貨3枚。掠って銅貨10枚かのう。数を集めておるから、そう多くは出せんと嘆いとったわい」


 かろうじて二束三文ではないが、大金というわけでもない買い取り額にあなたは微妙な顔をする。それを見た老人はすかさず付け足した。


「まぁ、そう時間がかかるものでもない。明日、またここに来るんじゃの。鑑定代はその頼みでチャラにしようかの。サービスじゃ」


 そう言われると何も言えない。鑑定代も安くないのだ。あなたは頷くしかなかった。物語を読むのは嫌いではない。一方で、見る、ということは少ない。

 観劇は高いのだ。旅人がおいそれと見れるものではない。


 だとすれば、これは観劇を貸し切りでできるようなものだろうか。

 そう思うと少し胸がおどった。



......(エピローグに続く

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