第38話竜守小鈴の鍛錬

 竜守3752号ダンジョン攻略および幻影竜アブードの捕獲という大きな出来事から、早いものでもう5日が経ちました。


 お兄ちゃんの怪我も順調に治り、軽い運動なら問題なく行えるようになって私も一安心です。お兄ちゃんが動けなかった分、私が竜守家のお役目を任されていましたが、そろそろ終わりでしょうか。


「よっ、はっ、ほっ!」

「がっ、ぎゃっ、ぐぇっ!? 待て待て待て! 僕がドラゴンだからって手加減無しか!?」


 本日は快晴、実にいい修練日和です。こんな日にはムカつくドラゴンを気持ちよく蹴れるというものです。

 

「? 人聞きの悪いことを言わないでください。いつも組み手をしてくれるお兄ちゃん相手でも私は手加減しませんよ。必要以上に攻撃を食らうのは、貴方が単純に弱いだけです」

「このクソガキ……。ドラゴンである僕を舐めるとはいい度胸だな……!」

「今の貴方はヴァニちゃんにドラゴンとしての能力の大半を奪われていますから、いつまでも偉そうにしていると痛い目を見ますよ? あ、もう見ていましたか」

「……よし殺す絶対殺す。泣いても許してもらえると思——うばぁっ!?」

「喋っている暇があったら構えてください。次、行きますよ」


 幻影竜アブード。竜守市に現れた、侵略を目論むドラゴンはヴァニちゃんの手によってその脅威を大きく削がれています。


 具体的にはそうですね、力だけなら竜守市の冒険者の最大値を少し上回る程度でしょうか。人の姿を強制され、ろくに武術を学んでいないアブードは頑丈で力が強いだけの木偶。いくら殴っても壊れないサンドバッ——いえ、組み手の相手は、今日のお役目前の良い肩慣らしになってくれます。……反撃が全くないのは、少し物足りないですが。


 お兄ちゃんの姿をやめたことは褒めてあげましょう。今は黒髪に紫色のメッシュを入れた男性——いえ、女性でしょうか。細身の中性的な外見で、まるでそこらに落ちている小枝のような体型です。ドラゴンの変身の例に漏れず美形ではあるのですが、アブードの杜撰な人間観察の結果が反映されているのか、紫のメッシュを除いてどこか印象に残り辛い出立ちです。


「やっとるのお、小鈴よ。新人の調子はどうじゃ?」

「あ、ヴァニちゃん。感想としては口より手を動かして欲しい、ってところだね。威勢はいいんだけど、口だけなのはちょっと勿体無いかな」


 アブードの悲鳴が響きすぎたみたい。朝の鍛錬を見にヴァニちゃんが見にくるのは珍しいですね。いつもは漫画を読むかゲームをしているのに……。


「お兄ちゃんはどうしたの?」

「遅れた分の授業の復習と動画の編集をすると言っておったな。精の出ることよ」


 ……動画の編集はヴァニちゃんがやった方が良くない?


「ふふ、小鈴よ。その口ほどに物を言う可愛い目、我に見抜けぬとでも思ったか。我とて多忙の身よ、些事は涼太に任せておるんじゃ」

「その多忙の中にスマホゲームのイベントが入っているんだよね?」

「はっはっは! ……はっはっは!!」


 なにか言い訳のようなものを考えて、しかしそれを口にすることなくヴァニちゃんは2回も笑って誤魔化しました。やましいなら言わなきゃいいのに。


「ほれアブードよ。もっと気張らぬか。いつまでも尾無しでは格好もつかぬであろう? 竜守家の者から一本取ればドラゴンの権能含め貴様から奪ったその全てを返してやる約束、忘れたわけではないじゃろ」

「轟天竜……! 随分な難題を吹っかけてくれたじゃないか。まさか一族全員に加護を与えているとはね。どれだけの権能をこの猿どもに払ったんだい?」

「む。貴様ソシャゲの課金額でマウントを取るタイプかの? そういう趣味は品がないからやめた方がいいと我は思うぞ」

「意味が分からない例えを——!」


 あ、隙ありです。

 蹴ってくださいと言わんばかりにがら空きの鳩尾を、私は躊躇なく蹴り抜きます。


「ごっ……!? こ、このガキィッ! 人が話している最中に蹴りを入れるなんてどういう教育を受けてるんだ!?」

「組み手の最中に私から注意を逸らす方がどうかしてます。不意打ちは得意でもされる方は苦手なんですか?」


 反撃のパンチをアブードは私目掛けて打ち込んできますが、なんとも鋭いテレフォンパンチです。躱すことなんて造作もありません。


 放たれたカウンターの一撃は、見事にアブードの顎を捉えました。


 高い位置に打ち込んだ後ろ蹴りです、元竜といえど今のアブードが食らっていい技ではありません。


 「あぎゃっ……!?」という、よく分からない断末魔の叫びをあげ——いえ、死んでませんよ? ちょっと顎にいいのが入っちゃっただけです。


 脳が揺らされたせいで白目を剥いて倒れ込むアブードは、生まれて初めての脳震盪を経験しているのでしょう。回復力の高いドラゴンだから放っておいても大丈夫ですけど、我が家の庭で死に体になられても見栄えが悪いです。私はアブードを縁側に横たわらせ、ヴァニちゃんに視線をやります。


「やっぱりお兄ちゃんじゃなきゃ駄目かな」

「……涼太の怪我の件、我の落ち度じゃからそう言われるとなにも言い返せぬな。手心を加えてはくれんかの?」

「ううん、これが我儘だってことくらい私も分かっているから。ヴァニちゃんは気にしないでね?」

「……っ! 気にする気にする。その物言いは心臓に毛の生えた我でも気にしてしまうぞ、小鈴よ」


 ……? 本当に気にしなくていいんだけど。余計なこと言っちゃったかな?


 「ううむ……」と唸りながらヴァニちゃんは思案し——しかし私に見えないようにスマホでゲームのイベントを攻略しながら——ようやく顔を上げました。


「我にいい考えがある」

「それって大抵よくない考えだよね?」

「うむ、よくない考えじゃ。——ここは一つ、竜街会の者に頼んでみようではないか」

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